お金がほしい

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2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

スマホ決済が日本で独り勝ちしなかった訳

なんだか東洋経済オンラインのように大仰な見出しをつけてしまったが、金融のプロでもなければPayPayの社員でもないので大した記事は書けません。
と、あらかじめハードルを下げたところで。


2019年10月より消費税が10%に引き上げられ、同時に期間限定でキャッシュレス消費者還元事業が開始された。
まだ半分近くしか過ぎていないが、2020年は大荒れの年だったため、ずいぶんと昔の出来事のように感じる方も多いだろう。


それまではもっぱら現金主義者であった人も、増税後の5%還元は無視できず、手持ちのクレカやSuicaなど身近なところからキャッシュレス決済に切り替えた例も多いと思う。
さらに2020年に入ってからは新型コロナウイルス感染症の影響もあり、「現金に触れたくない」という理由から現金離れが起きた結果、思わぬ形でキャッシュレス化が推進されることとなった。


さて、先ほどから「キャッシュレス決済」と連呼しているが、どんなキャッシュレス決済手段があるかを今一度おさらいしよう。

大別すると、主要なキャッシュレス決済サービスは以下の5つに分類される。

①クレジットカード
デビットカード
プリペイドカード
電子マネー
QRコード

その他にも仮想通貨やNFC Pay等と呼称される非接触決済も存在するが、日本ではまだ主流でないため除外してある。
QUOカードJCBギフトカードもキャッシュレス決済には含まれるのだろうが、使用のためにはそれを一度購入する必要があるため純粋な決済手段と捉えるべきかは微妙なライン。
現にキャッシュレス消費者還元事業においてもQuoカードやグルメカード等は還元対象外となっており、上5つには含めない方針を採った。


上にあげた5種類の決済手段のうち、皆さんが普段使いしているものはどれほどあるだろうか。
おそらく、状況に応じて5つ全てを使い分けている人は稀で、大抵の場合は1~3種類程度を用意していれば日常生活に支障はない。

キャッシュレス消費者還元事業が終了した今、現金割引キャンペーンを実施している店舗ではむしろ現金払いのほうが安くなるケースもあり、再び現金返りしているパターンもあるかもしれない。


このようにキャッシュレス決済を取り巻く状況は時々刻々と変化し、経済や政治に振り回されながらも消費者が自ら決済手段を選択する流れになった。
従来は店舗側に権利があった決済手段導入の是非も、もはや消費者に寄り添う形で浸透している。「現金以外お断り」は今や、効かないのである。

 

そんな荒れ狂うキャッシュレス決済業界において、最も大きな波を生み出してきたのがQRコード決済ではないだろうか。
PayPayの二度にわたる「100億円あげちゃうキャンペーン」のインパクトは絶大で、当時はビックカメラに人が殺到する様子がニュース放映されたこともあった。

PayPayだけでなく、ユーザー獲得のためd払いやau PAYらが大きなキャンペーンを打ち出すと、今でも話題に上がることは少なくない。
一瞬でサービス終了した7payも、ある意味では社会のQRコード決済に対する認知を高める契機となったかもしれない。


しかしここ数か月はスマホ決済の還元祭りがひと段落つき、M1優勝から1年経過した芸人のようにメディアに取り上げられる回数が減ってきた。同時に人々の関心も薄れてきた感は否めない。

よほど前澤さんの現金プレゼントのほうが、人々の注目度は高いのかもしれない。


これにより明らかになった点は、人々がQRコード決済を利用していたのは単にほかの決済手段よりもお得であったからで、その魔法がなければ使用頻度は当然下がる。


とはいえ、全ての決済手段がキャッシュレス消費者還元事業終了の煽りを受けているわけではなく、依然としてSuicaやiDの人気は根強い。
ではどうしてQRコード決済は、そういった『勝ち組』になれなかったのか。

 


結論から言うならば、使い勝手の悪さにあろう。

先に挙げたSuicaやiDはFeliCaと呼ばれる非接触ICカードで、決済として利用したことのある方ならばその利便性や簡便さは理解しているはず。
FeliCa技術を採用した決済では、専用の読み取り機にカードをかざすだけで即完了し、レジにおける煩わしさはせいぜい「Suicaで」と言うくらいなので、ほぼ皆無と言って良い。

一方QRコード決済では、アプリの起動(種類によっては要ログイン)から金額を手打ちしなければいけない場合もあり、混雑時には背後や店員の痛い視線に晒されながらレジでまごついてしまった経験を持つ方も少なくないはずだ。

それでも他の決済手段より価値があると消費者が判断すれば、使用されなくなるという事態には至らないだろう。
「価値がある」とはポイント還元などの金銭的な価値ももちろんそうだが、ネットワーク外部性に代表される利便性や、決済の簡便さも重要な指標となる。


それを踏まえ、還元祭りをおこなわずとも爆発的に普及した中国と日本の間には何があるのか。
そこにはQRコード決済普及の源流となった中国と、王者になれなかった日本の根本的な違いが存在している。

 


まずキャッシュレス決済が浸透しやすい条件として、中国は現金に対する信用が低いことがあげられる。

中国に旅行に行ったこともある方も、そうでない方も想像はつくだろうが、中国は日本に比べて偽札の流通頻度が高い。
あくまで日本と比較したときの話なので偽造工作が横行しているという意味で捉えられると語弊が生じるのだが、分かりやすい例で言うならば、こうだ。

 

もしあなたが中国のレストランに行き、会計時に100元札を出したら、それを受け取った店員は十中八九偽札かどうかをチェックするだろう

 

これは我々への信用が低いのではなく、現金に対する信用度の問題なので悪意ある行為ではない。嘘か本当かは定かではないが、中国ではATMから偽札が出てくるという噂まで聞こえるほどだ。

推測だが、アルバイトのマニュアルには偽札かチェックしなさいと注意書きがあるのかもしれない。

そして治安の悪い国では犯罪、つまりスリや強盗事件の発生率が高く、現金を持ち歩くだけでリスクが伴う。


そんな国だからこそ、キャッシュレス決済は国民に受け入れられた。
現金を持ち歩かずに済むこと、つまりはウォレットレスであることが重要だったのだ。

 


そしてもうひとつ、中国の道路にはそこらじゅうに露店が並んでいるが、いまや屋台にはほぼ間違いなくQRコードが置かれている。
誰も彼もがQRコード決済を利用しており、驚くべきことに物乞いの人間が道行く人に求めるのは「投げ銭」ではなくQRコードによる「送金」なのだ。

日本でも賽銭箱の代わりにQRコード掲示するお寺が少しずつ増えている様子がニュースで取り上げられたりもしているが、中国ではナチュラルにそういった光景が広がっている。

これほどまでにQRコード決済が浸透(というよりは侵食)している背景として、触れずには通れないのが、貧富の差が大きいという問題。

といってもあまり深掘りするつもりはない。重要なのが、誰しもクレジットカードや銀行口座を持つ境遇にないという実情だけだ。

クレジットカードは、その名の通りカード会社と個人の信用によって成り立っている。
いくら日本の貧富の差が小さいからといって自由に作れるわけではなく、必ずカード会社による審査を経て発行される。

そうしたカードの発行が許可されない境遇の絶対数が、残念ながら中国は少なくない。
そこで満を持して登壇したのが、QRコード決済である。

日本でもクレジットカードは満18歳以上でないと発行できないのに対して、QRコード決済は保護者の同意があれば小学生でも利用可能となっている。
つまり、決済利用に先立つ審査が存在せず、利用可否が社会的信用に依拠しないためQRコード決済の利用ハードルはとても低い。

文字どおり誰でも利用できるからこそ普及したのだ。

 


最後に、中国は情報管理社会が進んでいる。

入国時は指紋を採取され、悪いことをしようものなら即刻お縄。
赤信号で横断歩道を渡った人は街の電光掲示板でその様子が晒され、誰がいつどこで何をしているのかを常に国が監視している。

悪いことをしていなくても、常にカメラに監視されているというのはあまり気分が良いものではないだろう。しかし国の方針として監視カメラが町中に配置されてしまったらば、それは厳然たる現実として受け入れざるを得ない。
そうやって個人情報を常に晒す生活をしていれば、ITに疎い年齢層の方々も次第に情報を提供することの抵抗がなくなる。麻痺してくると表現したほうが正しいかもしれないが。

 

皆さんはおそらく、ITサービスへの会員登録で「なんか怖いな」「あんまり個人情報入力したくないな」と思えば、途中でフォーム入力を諦めることもあろう。
しかし既に自分の情報が様々なところで利用されている状況を認知していれば、今さら「怖い」などと言ってはいられない。

中国は、国として情報管理体制を整えた結果、QRコード決済を容易に受け入れるだけの国民性が形成され、そして爆発的に普及した。

 

 

大抵の日本人は1~3種類程度の決済手段を使い分けているのではないか、とさきほど書いた。
一方中国の場合は単純な話で、信用の低い現金か、QRコード決済を使うかという二者択一の末に、国民がどちらを選んだかはもうお判りでしょう。

もちろんクレジットカードも問題なく使用できるが、スキミング被害の可能性もあり、そもそも物理的なカードはウォレットレス化に逆行している。

 

これらを総括して「では中国において一番使い勝手の良い決済手段は何か」という問いのアンサーがQRコード決済であった。

 


日本は現金の信用度が高いことからそもそもキャッシュレス決済への移行ハードルが高かった。
それでもクレジットカードは銀行でお金をおろす手間の削減やポイント付与等の特典などもあり、キャッシュレス決済手段としてはかなり普及したほうだと思う。それでも、今の利用率に至るまでには10年以上かかっている。

そうして多くの日本人がクレジットカードを所有しているという状況の中、2018年あたりからQRコード決済が台頭しはじめる。

少額決済でクレジットカードを利用することに抵抗のあった人も、コンビニをはじめとした数百円の決済でQRコードを利用できることは大きなメリットだった。
当時は、クレジットカードは高額支払い、QRコード決済は少額、といった決済手段の住みわけが自然と生まれることが予想されていた。

しかしその動きの以前から、クレジットカードやSuica等をApple Payのような形でスマホ内に機能移管できるシステムが存在しており、QRコード決済とは見事に競合する。
はじめに述べたように、FeliCaは決済速度と簡便さに強みがあり、QRコード決済が対抗できる点といったら、「利用可能店舗数」「ポイント還元」くらいであった。


そして今、高額還元キャンペーンが落ち着きを見せ、QRコード決済はかつての勢いを失っている。

とはいえ、PayPayは店舗側の導入コストを下げることで利用可能店舗数が増加し、小売店なんかではいまだに現金かPayPayしか使えないというところも多い。
そういった過去の投資による遺産は少なからずあり、今すぐに市場が縮小することはないだろう。


だが登録者数の多さに甘んじてこのまま何も手を打たなければ、数年と持たず他の決済手段にあっという間に追い越されてしまう。
QRコード決済の黎明期に立ち会った一人の人間として、今後どのように成長していくのか、あるいは衰退していくのかは注目してゆきたいところである。