500円ランチに行ったら540円とられた
タイトルでネタバレをするのはあまり僕の趣味ではない。
特に昨今はYouTubeなどの動画サイトでサムネイルが重要視されていたり、もちろんブログのタイトルやwebニュースの記事名によってアクセス数や広告のコンバージョン率なんかも変動してきたりするのでどうしたって注意深くなってしまうんだけども、かといって読む前から結論をばら撒くのは出オチ感がすごいから嫌い。
僕だってサムネに釣られたり秀逸なタイトルに食指が動くなんてことはザラにあるが、しかし閲覧側が求めるよりも前にオチを語ってしまうのは、もはや今年のコナン映画の犯人が毛利小五郎であると言っているようなものである。
たまには「らーーん!」以外の人物名も叫んでやれよ。
まぁ、しかし今回ばかりは仕方ないのだ。
これ以外にタイトルが思いつかなかった。いつも記事のタイトルは最後に考えているのだが、この記事ではなんとなく当初想定していたタイトルと最後に考えたタイトルが完全に一致したため、もうこれ以外のタイトルは考えられなかった。僕の限界がこれであった。
でも分かりやすくていいじゃないか。
簡単に言えば、このたび500円ランチに行った僕であるが、お会計のときに540円請求されたというだけの話である。タイトルまんまじゃねえかよ。
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先日のこと。
その日予定されていた午前中の用事が想像以上に早く終わり、昼過ぎの他用まで小一時間ほどの暇を持て余すこととなった。
もともと昼飯はコンビニでおにぎりか何かを購入して十数分の間に完食する算段を立てていたため、思わぬ空き時間に所在なげ状態に陥った僕。
ならばせっかくなので昼ごはんをちゃんとした場所で済まそうではないかという結論に至り、近隣の500円定食を売りにしている和食料理店に足を踏み入れることにした。
そのお店に入るのは初めてではなく、以前家族と一緒に訪れたことはあった。けれども500円定食を始めたのはごく最近のことらしく、それ以降に来たのは今回が初めてだった。
店に入ると、まだてっぺんを過ぎていなかったためか空いていてすぐに席に案内され、さほど多くないメニューをパラパラと捲りながら何がいいかな、と選定にかかった。
選定とは言っても500円メニューの欄には3つしか掲載されていなかったため、さばの味噌煮込み定食をすぐさま注文し、あとは食事が出てくるのをひたすらに待った。
おそらく自ら進んでさばの味噌煮込み定食を頼むのは、今後の我が人生において金輪際ないかもしれない。
さいきんの若者らしく僕は魚よりも肉が好きなので、もし3つしかないメニューに生姜焼肉定食やハンバーグ定食などが存在していたら迷うことなくそちらをセレクトしていただろう。
けれども僕に与えられた選択肢は、さんまの塩焼き定食か刺身三種盛り定食、そしてさばの味噌煮込み定食のいづれかであった。
こうやって上の3つを見てみると、なんだか無性にさばの味噌煮込み定食が食べたくなる。というよりむしろ味噌が食べたい。
うなぎの蒲焼はタレが美味しいから食べているのと同じように、僕がさばの味噌煮込み定食を頼んだのはさばが食べたかったからではない。そこに染み込む味噌が食べたかっただけなのだ。
なんてことを考えているうちに店の引き戸は次々に開かれて、そのたびに客が数人ずつ店内に押し寄せた。
ユニクロのアウターみたいなやつを羽織るごま塩頭の男性から、全身紫色に染め上げられたおばあさんまで、年齢層はやや高め。
以降も、失礼だが押し並べて低~中所得層の身なりをした人ばかりが暖簾をくぐり、ははっ、どうせコヤツらも500円ランチを求めてのさばった連中なのだな、と自分のことを棚に上げて4人掛けテーブルに1人で腰掛ける僕がそこにいた。
いやもう罪悪感がすごいのなんのって。
案内した店員が悪いのだということは分かっているが、なんとなく周囲の視線が痛い。
早く料理が運ばれてこないかなぁと思って厨房のほうを覗くと、追加注文があると勘違いされて店員さん出てきちゃうし。違うんだよ、待っているのは店員じゃなくて料理なんだよ。
その後15分ほど待機してようやく出てきた料理は、僕がなんとなく思い描いていたとおりのさばの味噌煮込み定食で、あまり臨戦態勢でなかった僕のお腹もいざ料理を前にすると色を変えるように充分なキャパシティーを用意してくれた。
んで食べた。
普通に美味しかった。
当初僕は、さばに纏わりつく味噌さえ食べられればいいと考えていたが、実際に口内に運んでみると自分の認識が謬見であったことを知らされる。
至極当たり前のことだが、さばの味噌煮込み定食はさばがあってこその食饌だ。
さばがなければさばの味噌煮込み定食は成立しないし、その名を付与されることも許されない。
要するに、さばに脂がのっていてめっちゃおいしかった。
旬から少し外れているせいかさばは若干小ぶりにも見えたが、そのぶんだけ身がしまっていて、ほどよい脂とほのかな甘味、そしてやはりそこに染み入る優しい味噌の味が極上のうんたらかんたらを奏でていた。ほれ、みんなもなんか急に食べたくなってきたでしょ。そんなもんなのよけっきょく。
てなわけでコンビニのおにぎりでは絶対に味わえない逸品を堪能した僕。
居心地が悪いわけではないが、なんとなく周りの「食い終わったのならばさっさとゆけ」みたいな視線に晒されているような気がしたため、食べ終わると同時にそそくさと席を立ってレジスターのあるカウンターにまで足を運んだ。
すると僕が坐していた一役終えたばかりのテーブルにはすぐさまフロアの店員が駆け寄り、机上を拭き清めてのち食膳を持して厨房に戻ったかと思うと、あっという間に待機していたご老輩がその席に案内された。
やはり僕という存在は店の回転率を考えるとかなりの不良債権だったに違いない。
何も考えずにあの4人掛け席に案内したバイトの子は、おそらく僕に聞こえないような場所で店長に叱られ、あやつが席を立ったらすぐに別の複数客を案内せよという命を与えられたに違いない。
お昼の忙しい時間に注意を受けたバイトくんは、防衛機制でいうところの「置き換え」を適用してなんとなく僕のことが嫌いになり、いつの間にかお店のブラックリストに掲載される。
だとすれば、もう僕は二度とこのお店の味を堪能できないかもしれない。
そう思うとレジで店員を待つかたわら、ひどく寂しいような感覚に襲われた。
あぁ僕はもう、あのさばの味噌煮込み定食を食べられないのか。
明日以降はこの暖簾をくぐって店内に進入した途端、謎の警報装置が鳴り響いてお縄にかかってしまうのだろう。
であれば、これ以上の罪を重ねないためにもきちんとお金を払って、波風を立てずに店を去るのが得策だ。
そう思って財布を開いて待機していると、店長の妻らしき人物が現れ、なにやら伝票をチラチラと見ながらこう言い放つ。
「お会計は540円になります」
「え?」
「え?」
こだまでしょうか。いいえ誰でも。
一瞬、言っている意味が分からなかった。
いや、言っている意味は分かった。僕がお店側から540円を請求されているのだということは、見るにも聞くにも明白だった。
僕が分からなかったのは、その理由である。
「540円...ですか」
「はい、そうです」
店員は僕の驚き呆れた顔には目もくれず、あくまで淡々と応答をしている。
ごひゃくよんじゅうえん。たしかに僕は、500円ランチを謳っているお店に来た。
そして他の客の注文を盗み聞きするからに、みながみな口を揃えて500円ランチを注文しているのも知っている。
けれども500円が実は税抜き価格だったなんて、いったい誰が予想できるだろう。
おそらくこの場にいる誰もが会計時に500円玉1枚をレジで提示すれば万事解決すると、そう思い込んでいるに違いない。
であれば、僕が真相を明らかにする必要があるのではないか。
しかし慌てるな自分。
僕には今、自由に行動ができない制約があることを忘れてはならない。
おそらく今の問答で、僕が税抜きの500円ランチという構造に疑問を持っていることをお店側が察知しただろう。
さきほどからマークされている僕がこれ以上店側に歯向かうような真似をすれば、きっと明日にでも謎の組織に消されるに違いない。
いや、もしかしたら既に店の外には特殊部隊が配備されていて、何かを仕出かした途端に店に進入して制圧、もしくは店から出てきたところを遠距離射撃で一発、ということも考えられなくもない。
これからの行動ひとつで、数分後僕の脳天に風穴が開いているかどうかが決定してくるのだ。
というより、しょうじきなところ僕はこの時こう思ってしまっていた。
しめしめ、ブログのネタがひとつ決まったぜ。
なんとおろかなことであろうか。
ブログというのは、書きたいことがあるから書いているのではないのか。書くために書いているのではない。手段としてブログというコンテンツがあるだけなのだ。
それなのにネタが見つかったというだけで僕の頬はつい緩んでしまっていた。
これは自分の心にゆとりができたとか、寛恕な心意気になってきたとかそういう類の問題ではない。
僕がもっとも忌み嫌う、手段と目的の転倒を起こしていたのだ。これはゆゆしき事態である。
ならばこの状況をどうにかするほか自分のアイデンティティーを保つ術は存在しない。
僕はブログを書くために生きているのではない、自分という道を生きているのだっ!
という決意表明のもと、僕はふだん絶対に話しかけない店員にこのときばかりは問い質した。
「500円ランチって、税抜500円ってことだったんですね」
財布の小銭入れを漁りながら、世間話でもするようにそう切り出した僕に向かって店員はこう返す。
「そうなんですよ。けっこう勘違いされる方が多いみたいで」
「あー・・・、そうなんですねぇ~」
終わった。僕は負けた。為す術もなく完敗した。
この店員、自らに非があるとは微塵も思っていない。
ふつうにかんがえて500円ランチと言えば、463円+税ではないのか。
2人で一品ずつ注文したら、英世をひとりだけ召還すれば良いだけの話ではないのか。
昨今のキャッシュレス社会に現金主義店舗が対抗する手立てとして、ウォレットレスかつ現金払いという手段を選択したのではないのか。
しかし僕は間違えていた。
そもそも500円ランチというフレーズを勝手にワンコインランチと解釈した僕が悪かったのだ。
お店は悪くない。
よくよくメニューを見返すと、価格は税抜き表示ですときちんと明記されている。
その表記にすら目をくれず、思い込みの勘違いの末お店側に楯突くような真似をしてしまうのはやはりどうしたっていかんのでしょう。特殊部隊よ、いいから私を撃っておくれ。
というわけでしっかりと540円を支払ってお会計を終えた僕。
立つ鳥跡を濁さずということで、未練がましくトイレを借りるような真似もせず、出口へ向かおうとしたそのとき。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
レジで応対してくれた店主の妻らしき人物が、淡々とした口調はそのままで、そう言い放った。