お金がほしい

お金がほしい

2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

踵を返して前進するのみ。

明け六つ暮れ六つとは昔からよく言うが、そんなウホウホ喚いてた旧石器時代の旧態依然とした時刻法でもって俺を縛りつけるんじゃない!とて昼近くまで惰眠をむさぼる今日の僕。
そんな落伍者も残念ながら人間だもの。目覚めと同時に腹の虫が騒ぎ出し、まだ3月なのだからもう少し冬眠してくれても、と思うのだが、おっと残念今年は暖冬でしたね。

PayPayが10-14時限定で5%還元のキャンペーンなんてやってくれちゃっているものだから、買い物するなら昼間っしょ!てんでやって参りましたスーパーマーケット。
我が生活リズムはPayPayに管理されております。いつもありがとう。礼はPayPayで。それってちゃんと還元されます?

ベッドに横臥しているうちに終わっていた正月と、貸した金や恩は返ってこない。略して金正恩 doesn't come back.
ちなみに就活サイトに投稿したエピソードの礼金もいまだ受け取っていない。それどころか就活サイトと音信不通。晒すぞこら。
けれどもPayPayで支払うと5%だけは返ってくるのだ。なんと素晴らしいことだろう。神はまだ私を見捨てていなかった!


買い物の目的はいたってシンプル。野菜と肉を目算で購入するだけ。名作テレビジョン「はじめてのおつかい」で放送された場合、日本中の小学生が鼻で笑う低レベルのクエスト。
ちなみに、特に購入を策するはエリンギである。

平生から利用している八百屋のエリンギは、なぜか我が父君の仕事着の香りを漂わせている。
おっさんのフレグランス、なんて言ったら失礼だけど、ともかくあの香気では食うに食えない。

そんな僕のSOSに呼応するようにPayPayの還元祭が開始された。人生で祭りを好きになったのは初めてである。

還元祭対象のスーパーは単価がちょいと割高だが、背に腹は代えられぬというより、おじさん'sフレグランスはもう辛抱ならん。


野菜コーナーの一角で、いつもと違うパッケージのエリンギに邂逅。
ほっと胸を撫でおろすも束の間、しかしだからといって、いつもと違う匂いがしないとも限らないではないかと懊悩。まじでオーノーなんつって。

そんなことを言っている場合ではない。
僕は乳首と匂いと花粉に敏感なので、これはきわめて至要たる問題なのだ。

とはいえその場で匂いを証する術はない。
店員さんに「ちょっとエリンギの匂いを嗅がせてもらってもいいですか?」なんて訊ねようものならば、「やだこの人、エリンギに鼻を擦り付けた挙句言葉攻めにして終いにはアナルにぶち込まれる姿を妄想して欲情する変態に違いないわ!」とあらぬ誤解を受けて町内に僕の性癖が伝播してしまう。

ち、違うんです!僕は変態だけど擬人化ものに萌える性癖はないんです...!
これで5%還元では到底割に合わない。


しぶしぶパンドラのエリンギをカゴに入れて早々に立ち去る決意を固めた僕に、「1パック80円 2パックで150円」という文字の羅列が飛び込んできた。

「ふっ、神とは気まぐれなものよ」
なんてクサいセリフは吐いちゃいないけれど、遺憾ながらレジに向かう僕の買い物カゴにはいつの間にかエリンギが2パック入っていた。


あとはテキトーに肉と野菜を選別していると、にんじん、玉ねぎ、ほうれん草がカゴにログイン。これではレジ打ちのおばさんに「この男は今日カレーを作るんだわ」と詮索の余地を与えてしまうではないか。
悔しいのでじゃが芋は別の機会としよう。さようなら。

ざっと見積もって1000円。つまり実質950円。ちょっと得した気分。
1円でも安いガソリンスタンドを見つけようと躍起になる母の執念をこんなところで理解してしまうとは、僕の人生意外と浅いのかもしれない。

レジはそれなりに混雑している。まさかこやつら全員5%還元を狙っているのではあるまいな!?なんて考えているうち列はスムーズに回転。

あと2人で自分の番が巡ってくるというとき、不意に目についたのはレジ前の棚にあったチップスター
赫々と輝く蛍光色に彩られた「広告の品 68円」というPOPがあれば、誰の目にも映るだろう。

それにしても68円?なんと安いではないか。税抜きにしたって安い。というかぶっちゃけ欲しい。
そう考えるが先か、もう僕の舌はチップスターコンソメ味歓迎パーティーの準備をはじめてしまう。
ここで購入を渋るのは、松崎しげるのディナーショーで「愛のメモリー」が歌われないことくらいの事件である。

だが僕は知っている。これは罠であると。
5%還元により50円ほど得をした僕が、68円のチップスターに惹かれるのは自明の理。差し引き18円で手に入れられる仕合せならば、いったい何に躊躇うことがあろうか。

そう。その心理と思考を先読みしたマーケターの術中にはまるのは切歯扼腕。大学で経営学をかじった身としては、レジ前のPOPに釣られるなんぞ容認しかねる行為である。
おまけに今の僕は肉と野菜のみを買い物カゴに宿した優等生である。そこにチップスターが紛れるのは、腐ったミカンである。

レジのおばさんは思うだろう。

あら、この子お肉と野菜を買って偉いわ~。きっとおうちに帰って自炊でもす・・・おや?チップスターが入っているじゃない。
本当は広告に掲載されていたチップスターが目当てで、肉と野菜はフェイク?だとしたら私の目はごまかせないわよ。この優等生と股間に皮をかぶった蛆虫め。

そうなれば僕のイメージはボロボロ。おまけにこの情勢である。内定先の企業からキャンセルの連絡が届くのは時間の問題。


さりとて僕はここに来るまでの間、ひとつ大きな過ちを犯している。

そう、迂闊にも野菜コーナーでじゃがいもを放擲してしまったことである。
なんたる愚昧。粗忽惣兵衛とは呼んで私か。

これはキャッチアンドリリースアンドキャッチである。自然界の法則を逸脱している。もはや魔法。

いや違う。そうか、これは神の思し召し。
「お主はじゃがいもを買うべきじゃった」と神が落胆し、譴責している証。

同時に蜘蛛の糸であった。そうだ、何を迷う必要がある。
劣等生が優等生の真似事をしようとするからボロが出るのだ。凡人は凡人らしく、庸劣な人生を歩んでゆこうぞ。


こうして僕はチップスターをカゴに入れ、元来た道を引き返していく。
人生は一方通行だが、この道は何度も辿っている気がしてならない。