お金がほしい

お金がほしい

先に謝っておきます。ごめんなさい。

改札口のトップランナー

正直こんな話はしたくなかったのだが、ネタ切れになるよりはマシだと腹を括った。
だから話す。もとい、書きます。

とはいえまずはじめに断っておかなければならないのだろうが、例によってこのブログは大した内容の記事を書かない。

これまでの記事を見てほしい。
サイゼを馬鹿にされて怒ったとか、性欲が消えたとか、 松居一代さんのブログをパクってみたとか、僕という人間の矮小さが滲み出ているような低俗極まりない記事しか書いていない。
だからあなたがこれまで築き上げてきた世界の見方が180度変わるとか、価値観がガラリと変わるとか、そういった人生への影響が一切ない安心安全で、寝て起きたら忘れる程度のものしか提供できないので悪しからず。

要は何が言いたいかというと、このブログは暇つぶし以上の益をもたらさないということだ。

では早速本題へ。

散々このブログでも書いてきたが、僕は毎日電車に乗っている。
往復20分程度の道のりなので大した距離ではないのだが、それでも20日間乗れば計6時間40分も電車に費やしてることとなり、そう考えれば1日のごく一部であるように見えて結構重要なファクターだったりする。

相変わらず抽象的な書き方をしているが、要するに高々20分程度でも毎日経験していればそれなりに思うところがあるということだ。

もちろん電車についての愚痴も多くある。
だが今日は、もう少し踏み込んだパーソナルな部分について書いてみようと思う。


僕は毎日1人で電車に乗っている。
これは別に特筆すべきことでもないだろうか。
今や電車通学の中学生も高校生も、サラリーマンも買い物途中のご老人も単独で電車に乗っている。

例えば食堂で孤独に麺をすする構図は少し物悲しさを覚えるが、しかし電車は別だ。
だからそれはいい。


問題は電車を降りた後のことなのだ。


長年の電車利用により、僕はどの車両のどのドア付近で電車に乗ると、降りる駅で一番改札に近いのかという事実を完全に掌握した。

つまり「ここで乗れば降りるときは目の前にエスカレーターがある」とか、「降り口は左側だから予めそちら側に立っておこう」とかその程度のことだ。

電車慣れしていなければ適当なところで乗車して、降りた結果その場所が改札から一番遠い、なんてケースも少なくない。

もちろん、少し長く歩くことになるけど問題ないという考えもあるだろう。
特別急ぎの用事がなければ、別にそれでもいい。

だが僕はそう、一刻でも早くお家に帰りたい症候群の患者なのだ。

家に何があるというわけでもない。いやむしろ家に帰っても何もない。
でもとにかく早く帰りたい。帰って誰にも文句を言われることなくグータラしていたい。
近所に迷惑をかけない限り、家の中ならば何をしようと後ろ指をさされることもない。

だからとにかく1秒でもいいから早く帰りたいのだ。

そんな僕は最寄り駅の構造も随分と前に完全攻略しており、ここ1年近く、混雑率が高くなければ誰よりも早く電車から降りて階段に足をかけている。そして誰よりも早く改札を通り抜けている。

もしこの世に「改札通過スピード選手権」なるものが存在していれば、僕は間違いなく上位に食い込めるだろうと、そのくらいの自負がある。

そしてその成績があまりにも優秀だった僕は、半年前あたりから「第三者から見てあくまで急いでいないという体裁を保ちつつトップで改札を通る」という訳の分からない競技に挑戦し始めた。

これまでは改札にトップ通過をすることだけが目的であった。
もちろん実際の最終目的は家に帰ることなのだが、その思いが強すぎたせいだろうか。
僕には改札を通り抜ける姿に美しさが欠如していた。

急いでいるわけでもないのに急ぎ足で階段を駆け上がって改札を通過する。
たしかに速さという面ではピカイチだが、これでは芸術点が大幅減点だ。


ということで僕は、「急いでおらず、またその素振りもないけど偶然にも改札をトップで通過した人物」となるべく日々挑戦を始めた。

くだらないと笑っていただいて結構。何だったら今日はそのために書いているようなもの。
しかしスマホゲームもTwitterもやらない僕にとって、電車の時間はあまりに暇で退屈で、こんなしょうもないことでもしない限り正直やってられなかったのだ。


そして実際この試みを開始して以降、僕はまずまずの成績を収めることができていた。
たまにいるめちゃくちゃ急いでいるサラリーマンらしき人物が風のように僕を抜き去ってゆくことはあったが、概ね僕の美しい勝利は確約されているものだった。


しかし順風満帆な生活もいつか終わりが来る。
そう、あれは2ヶ月ほど前だった。

いつものように電車から降りて集団の先頭で階段を登っていたとき、突如背後から明らかに集団の和を乱す足音が聞こえた。
その靴音はそして、次第に近づいてくる。

「こ、これはまさか...!?」

そう、あの軽やかなステップ。そして軽い体重を象徴するような甲高い靴音。
後ろを振り返らなくとも、もはや疑いようもない事実だった。

「小学生...だと...!?」

小学生。こと男児は特に競争となると場所を選ばず自らのポテンシャルを最大限顕現させる、謂わば我が天敵。

そしてその靴音からして、彼が僕同様に改札口をトップ通過したいという願望の持ち主であることはもはや明白であった。

たしかにそのときは夕方の5時近くで、小学生の出現率も低くない時間帯だ。
しかしこれは想定外だった。それまで慢心に浸っていた僕を天が嘲笑っているかのよう。

なのだが。
「いいや、まだ大丈夫だ...!僕には行ける」

そう、僕だってそれまで何となく1位をキープしてきたわけではない。
数々の試行錯誤を重ね、こういったケースにも対応できるよう訓練も怠らなかった。

そしてそのとき僕は階段の7割方を登り切っていた。
つまり、今より少しだけペースを速めればいくら小学生といえどもこの僕に敵うはずがあるまい。

そう思った僕は早速階段2段飛ばし作戦にシフトし、背後からの小学生の接近をなるべく回避しようと試みた。

「よし、なんとかトップで登り切った。あとは改札を通るだけだ」

こうしてなんとか階段の1位通過は死守。
そしてあとは目と鼻の先にある改札に定期券をかざすだけ。

よし、これならいけるぞ...!

だが、そう確信した次の瞬間だった。

「......えっ?」

僕が定期券をかざそうと右手を挙げたその瞬間、僕の右目には首から提げた定期券をかざして颯爽と改札を駆け抜ける小学生の姿がはっきりと映った。

そして僕を華麗に抜き去った小学生男児は、改札の向こう側、クルリとこちらに振り返り、僕の顔を見てニヤリと勝利の笑みを浮かべた。

「......」

言葉が出なかった。

悔しさとか悲しさとか、そういった感情も一切湧き出てこない。
ただ僕は茫然自失したまま、定期券を改札に翳して見事2位通過を果たしたのだ。

そうして呆気にとられる僕の目には、定期券を黒いランドセルにしまっている小学生の姿が映る。

その姿を横目に、改札を抜けた先にあるもう1つの階段を1位通過で降りて、僕はその日自宅へと帰還したのであった。