お金がほしい

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2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

台湾旅行記 その5(最終話)

 

ex-finprethe.hateblo.jp

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続き。

 

そうして歩みを進めると、帰りは行きと違ってまずはバスに乗るのだとニックが言った。
ひとまずバスで駅に向かい、そこからまた往路と同じ電車に乗るということらしい。

理由は分からないが、どうやら帰りは行きとは別の駅から電車に乗るのだそうだ。

正直台湾の交通事情についてはサッパリだったので言われるがままにバス停でバスを待ち、そして僕たち6人は路線バスへと乗り込んだ。

路線バスとは言っても、日本の路線バスとは少々勝手が異なる。
僕らが乗ったのは高速バスやバス旅行に使われるような高床タイプのバスで、お年寄りには結構キツい数段の階段を上って座席についた。

夜市の賑わいとは裏腹にバス車内は案外混雑しておらず、僕ら6人はそれぞれ座ることができた。

例のカップルだけが少し離れたところで2人席に座り、残った僕ら4人は一番後ろの方が空いていたためそっちに座った。
僕の隣にはホワイトが、K西くんの横にニック、という配置だ。


と、ここで予め断っておくが、僕は自動車や船に酔いやすい体質である。
人よりも運動神経が鈍いとか三半規管が比較的脆弱というわけでもないのだが、物心ついたときから乗り物酔いだけは今もなお続いている。

・・・という僕の体質を知ったうえで、以下の文を読み進めていってもらいたい。


僕はバスが嫌いだ。
乗った瞬間に鼻を突くような特有の臭いが酔いを助長し、おまけに床が高いためちょっとの振動であってもバスはひどく揺れる。
そして先述したように僕らが座ったのは最後部座席。バスの中で最も振動や揺動を感じやすい座席である。

だから僕はじっとしていようと思った。

旅はまだまだ長い。
バスを降りてもそこから電車に乗って、そしてそれを降りたら今度は30分近くバイクの荷台で掴まっていないといけない。

それを考えると、序盤から無理をするのは賢明でないと判断した。


だが。

バスに乗ってから1分も待たず、ホワイトは背負っていた鞄をガサゴソと漁り始めた。

どうしたのかと思って見ると、そこから取り出したのはiPadだった。
そういえばこの旅の道中、ホワイトは鞄からiPadを取り出してはパシャパシャと写真を撮っていたっけ。

ちょうど手持ち無沙汰を紛らわすように撮影した写真の精査でも始めるのだろうと、そう思っていた僕であったのだが。

 

えっ!?

 

あまりの衝撃に思わず声が漏れてしまった。

でも乗り物酔いをする僕からしたらその光景は結構レアというか正気の沙汰じゃないだろ!と言いたくなるほどで、数秒間は理解が追いつかなかった。


そう。
ホワイトはiPadの大画面でゲームをやり始めたのだ。

それはラン&ジャンプ系ゲームで、キャラクターが走っていると前方に障害物が現れ、タイミングを合わせてタップするとキャラクターがジャンプしてそれを回避できる、というものだった。

バスに乗りながら画面が動く系のゲームはいかんだろ...とは思いつつも、見ているだけで酔いそうになったのでそれ以降は完全無視を貫いた。

でも時々聞こえてくるんだよ。
障害物を避け切れなかったときのホワイトの「おぅ~っ」って声がさぁ。
それも結構頻繁に。

どんだけ下手くそなんだよ!と心の中でつっこんで、それでもだんまりを突き通していたところ、しばらくするとまた例の「おぅ~っ」が聞こえた。

そのリアクションに迂闊にもちょっと笑ってしまった僕はホワイトを見ながら「あははっ」と愛想笑いをすると、何ということでしょう。
何を思ったか、ホワイトはそのiPadを僕の元に差し出してきたのだ。

引きつる表情筋を強張らせながら、今一度ホワイトの顔を窺うと、彼は何も言わずにコクリと頷いた。

おいおい、冗談じゃない!
まさかそのつまらなそうなゲームをやれとは言わないよなぁ?
もしかして今自分でやっていたのはゲームをシミュレートしていただけで、それは全て僕にお手本を見せるためだったとか・・・まさか言わないよね?

ジワジワと冷や汗を背中に感じながらそう思っていた僕だったが、そのまさかである。
ホワイトはリスタートボタンを押すと、差し出したiPadを更に僕に近づけてあの魔法の言葉を言う。

 

You can try
と。

 

何がYou can tryだ、トライなんてしなくていいんだよ!
今は休憩タイムだろ。さっきトイレとか臭豆腐とか散々トライしたわ!
もう勘弁してくれよ・・・

なんて反論できたら苦労しないのだが、僕はそういうことが言えないタイプの人間である。

おまけにホワイトは意外と強情で、一度だけ「You can eat」と言われた後に満腹だったため「No thank you」と断ったとき、「Why not?」「You must try」とか恫喝にも似た強要をしてきたこともあった。

だからそんなの断れねぇぜ・・・と諦めて、仕方なく僕はそのゲームを開始した。

もう気が気じゃなかった。
バスの運転はこの上ないほどに荒くて、全てのブレーキが急ブレーキで全てのアクセルが全力フルスロットルだった。

そんな状況下でのゲーム。
おまけに内容がクソみたいにつまらない。なんだこれ。何が楽しくてインストールした?何が悲しくてこんなことをしなければならない?

途中、ホワイト同様ゲームオーバーになると「あー」とか「おー」とか悔しそうな声を頑張って出していた気がするけど、もうそれどころじゃなかったのであんまりその時の記憶がない。

その地獄の時間は、それから5分ほど続いた。

 

「もう限界だ、もう吐くわ」
10ゲーム近くを終えた僕はグロッキー状態で、きっと鏡で見たら顔面から血の気が引いていたことだろう。

そこで「そろそろ返してもいいかな」と思いホワイトにiPadを返却しようとすると、存外すんなりと受け入れてくれた。

僕は死にそうな顔と声で「Thank you」と言い、そし脈拍を整えるように大きく深呼吸をした。

そうだ。僕はようやく救われたのだ。
もうあんなゲームなんて二度とやるものか。
特に画面の移り変わりが目まぐるしいゲームなんてバスでやるようなモンじゃない。


「た、助かったぁ...」とふと視線をずらすと、しかしそこにはまたも予想外の光景があった。

 

おい、マ...マジかよ

 

気の毒なことに、なんと次はK西くんがゲームもといホワイトの犠牲者になっていたのだ。

まぁこの展開はなんとなく予想できていたというか、僕が終わったらK西くんに回されるんだろうなぁとは思っていたんだけどね。

ただK西くんは雨が降るだけで低気圧による頭痛を起こしたりと、肌も色白で病弱なイメージがあったので「大丈夫かなぁ」とは思いつつも、それでも他人に気を遣えるほど元気を残していなかった僕は自己回復に専念した。

もうね、なんちゃってケバブやらエリンギの残党やらが胃の中で謀反を起こして大変なのなんのって。
ファンファンウィーヒッタステーッステーとか言いながら胃の中で胃液と食い物がchoo choo trainしてるの。貞子より恐怖だわ。

なので僕は例のゲームから解放されて以降、ときめきを食道に運ばないよう必死の抵抗に勤しみ励んだ。


そして本当の開放の瞬間。
バス停でホワイトやニックが立ち上がったとき、ようやくそれを認識した。

よし、やっと忌々しいバスから降りられるんだ!

急ハンドル急ブレーキ急アクセルを繰り返した運転手に心の中で呪いの呪文をかけながら下車し、階段を下りる。
ようやく出られた扉の向こう、外界のひんやりとした空気を吸い込んで、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。

正直あと10分近くバスに乗っていたらどうなっていたか分からない。
もしかしたら大惨事を招いたかもしれないと考えると冷や汗が出る。

夏とはいえ日が沈むとそれなりに過ごしやすくなるもので、スゥと頬を撫でる風は背中の汗を冷やしながら去ってゆき、思わず僕は身震いした。


バスターミナルでは僕とK西くんを除いた台湾人4人が何やら話し合っていて、僕とK西くんは2人彼らと少し離れたところに立っていた。というより、あまり歩きたくなかったためバスから降りて数歩進んだままその場で立ち尽くしていた。

するとここでK西くんが口を開く。

「俺ちょっとヤバいんだけど」

曖昧な物言いだったが、その言葉の意味はすぐに理解できた。

僕は返した。
「同じくヤバかったわ。運転は荒いしゲームさせられるし。キツかったわ~」

ゲームから一定の時間は経過した後だったため、僕の場合峠は越えていた。
なのであとはゆっくりと胃の気持ち悪さのようなものが治まってゆくのを待つだけの状態だった。

でもK西くんは違う。
満腹の状態でついさっきまであの荒い運転の中ゲームをさせられ、そして病弱体質ときたもんだ。相当堪えているだろうな、との推察はかなり容易だった。


そしてその予想を裏切らない形で、K西くんの体はついに限界を迎える。

突如、それまで気持ち悪そうにグッタリしていたK西くんの目に、緊張という名の異変が起こった。
ついに、その時を迎えてしまったらしかった。


そこでK西くんはいつもより大きな声でこう叫んだ。

 

トイレ・・・WC! WC!

 

Toiletでは通じないと判断したのだろう、途中から「WC」に切り替えて台湾人4人に自らの窮状を訴えた。

 

WC! WC!

 

彼は叫んだ。なおも叫んだ。
当のホワイトやニックは彼の叫びに気付いたが、何を言いたいのか分からないといった表情だった。

僕だけが彼の意図を汲み取った。
でも同時に、僕だけがその答えを知らなかった。


それでも彼は訴え続けた。

迷惑をかけたくない、こんなところで申し訳ない、早く駆け込んでスッキリしたい。
そんな想いが脳内を駆け巡っていたことだろう。

深刻な顔で、声で、体調で、そう叫び続けたK西くんだったが、しかしそこでピタリと声が止んだ。

僕もそこで、「ダメだったか」と覚悟した。

 

そのあとの展開は言うまでもなかろう。

夜のバスターミナルに吐瀉物をぶちまける異国の学生。
慌てて駆け寄るニックとホワイト。
驚きに顔をゆがめる若いカップル。
絶望する僕。


結果から言うと、トイレは目と鼻の先にあった。
直線距離にして20メートルもない、目の前の建物がトイレだったらしい。

でもここでひとつ言っておくべきことは、そこにいたニックやホワイト、そして例のカップルに至っても誰一人としてイヤな顔をしていなかったということだ。

普通なら、ホストファミリーとして客人を歓迎したとはいえ、所詮は他所の国の他人だ。
同情すべくも憐れむべくも、ましてや介抱すべくもない人間を相手に、彼らは肩を貸しながらトイレに連れていって、汚れた服を洗い手持ちのビニール袋を貸し、甲斐甲斐しく事後処理をしてくれた。

やっぱり台湾人スゲェよ・・・。尊敬しかない。

 

ようやく落ち着きを取り戻したK西くんは、汚れた服をビニールに入れて持ち、下着のタンクトップ姿でトイレから出てきた。

そしてK西くんはそのタンクトップのまま、僕ら4人は電車に揺られて元来た道を戻り、それぞれの家のベッドにて夜を明かした。


長くなったが以上が事のあらましである。
なお、この物語は基本的にノンフィクションだけど、記憶違いとか記憶が曖昧だという理由で所々誇張した箇所があるかもしれない。
よってとりあえずここに謝罪する。


ちなみにK西くんはあの騒動を「エリンギを食べたのが悪かった。あれはエリンギのせい」となぜかエリンギだけに罪を擦りつけ、それ以降「迷惑をかけるから」という理由で海外旅行に頑なに行こうとしなくなった。