お金がほしい

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2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

コンビニ敬語 ~○○円からお預かりいたします~ ~○○になります~

さて、前回うっかりラストに「次回も続きます」とか書いてしまったばかりに今回も続けなければならなくなった「コンビニ敬語シリーズ」の第2弾。
という訳で今日は「○○円からお預かりいたします」と「○○になります」についてだけグチグチと書いて、早々に床に就くことにする。おやすみなさい。

しかし残念なことに現状まったくこの話題を広げられる気がしていないのと、今の僕に襲い来る強烈な眠気に果たして打ち勝つことができるのか、それだけが不安材料。
・・・どうやら布団は随分と遠くにあるようだ。ごめんなさい。


だがこんなこと言っていても仕方がない。
早速「○○円からお預かりいたします」についてあれこれ書いていきたいのだが、まぁこれも結構メジャーなコンビニ敬語だとは思う。

「よろしかったでしょうか」と同様かあるいはそれ以上に議論にあがるこの言葉。
もちろん日本人ならこの表現でも十分に意味は通じるだろうし、逆にこの言葉に慣れたばかりに「○○円、お預かりいたします」のほうが違和感があるなんて人もいる気がする。


いや、何を隠そう僕こそがまさにその人。

正確に言うと「んなもん伝われば何だって良いじゃねぇか」と思っていると言ったほうが正しいが、この言葉を否定しないのことにもちゃんとした理由は持っているのだ。


そう、あれはまだ僕が小学生だった頃。
スーパーやコンビニの店員が言う「○○円からお預かりいたします」という言葉をよく耳にしていた僕は、ある時ふと彼らの言う「から」とは何だろうかと思った。

例えば『A君「から」プレゼントをもらう』とか『Bさん「から」話を聞く』といった、英語で言うところの「from」に値する言葉がお金にかかっていることを不思議に思ったのだ。

とはいえさすがに僕だって生粋のアホではないため『「○○円」という存在からお金をもらう』みたいな解釈こそ避けることができていたものの、いやだからこそ小学生の僕は「から」という言葉を疑問に感じたのだと思う。

一体どういった理由で「から」という言葉が用いられるようになったのか。どのように定着したのか。その起源はどこにあるのか・・・


嘘ですごめんなさい。
多分記憶を大幅に捏造しています。
絶対そんなに思慮深い少年じゃありませんでした。

いやまぁ疑問に思ったというのは確固たる事実なんだけども、記憶というのは上書き保存可能な代物なのできっと僕も独善的な解釈をしてしまっているはず。

と一応形式上は譲歩したところで。


この「から」だが、今となれば昔悩んでいたことが不思議なくらいすんなりと理解できるものだ。

紐解くヒントというのは実は「お預かりします」のほうにあったのだが、まぁつまり例えば700円のモノを買うことにして、店員に1000円を渡すことにした。

そこで店員がすかさずこう言う。
「1000円からお預かりいたします」と。

要するにこの言葉は「700円分のお金を1000円という金額から一時的にお預かりいたします」という意味。

そしてもし店員が「1000円から頂戴いたします」と言ったならば、それは「1000円から700円分をもらいます」という意味になるというだけのことなのだ。


それなのに?「から」ってつけただけで?怒るとか?どうなのよって?僕としては思ってしまう。
だからこその「別にいいじゃないか」なのだ。

 

さぁどうだろう。
誰か1人でもこの気持ちに共感してくれると嬉しい。
ブログにはいいねとかリツイートとかはないけど、もしこの気持ちを分かち合える同士がいたならば心の中でハートマークを押してほしい。

 


んで最後は「○○になります」という表現について。

いや、もうぶっちゃけ本当にどうでもいいというか、何となく浮かんでいる文章も眠気に邪魔されて小学生の読書感想文みたいになっているし、そもそも需要なんて無いだろうし。

なんて考えていたらイイものを見つけた。

バイト敬語 - Wikipedia

コレ。

そう、Google先生のライバルWikipedia

ここにめちゃくちゃ詳しく載ってました。
でも今眠いから何書いてあるか全然分かんない。そもそもここに書かれている言語が日本語なのかも不明瞭。

ここ最近毎日出ている寄付の文章は分かるんだけども、まぁ気になる方はぜひご一読を。
そして寄付もしてやってください。(なぜか上から)


いや、でも日本人ってこういうのに頑なに財布の紐緩めようとしないじゃないですか。
日ごろめちゃくちゃお世話になってるのに、いざお金ってなった途端なんかめんどくせぇって。

海外だとこういう寄付みたいなものって結構集まりやすいみたいで、彼らも毎週末教会に行っていたりする訳だからそこらへんも国民性の違いなのかなぁなんて考えてしまうけども。
あ、こんなこと言っている僕も寄付してません。ごめんなさい。

 

まぁでも最近はクラウドファンディングとかネット上でお金をかける機会も増えてきたことだし、そろそろ正月のお賽銭以外でも銭を投げてみてもいいかな、なんて思いました。はい終わりです。おやすみなさい。