お金がほしい

お金がほしい

2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

早いものであれから1年経ちました。

ふと気付けば、あれから1年が経過した。
光陰矢のごとし流水のごとしとはよく言うが、風化さえも是としてしまうのは正直いただけない。

人に歴史あり、社会に歴史あり。
先人に学ぶべき事柄も多いだろうが、であればその無念も敗北感も寂寥感も同時に背負うべきではないのか。

綺麗な上澄みだけを後世に残すような、そんな全豹一斑じみたことはしたくない。
反面教師という言葉があろう、良しも悪しもまずは天秤に乗せ、そこから論を展開するべきだ。

 

っておっと。
何の話をしているのか説明がまだであった。

実は僕の陸上部時代のブサイク先輩に彼女ができてから、早いもので1年が経過した。

もっと正確に言うと、先輩に彼女ができたことを僕が認知してから1年が経過した。
だからもし今も交際が続いているのであれば、おそらく愛の告白から1年と2ヶ月ぐらいが経過しているに違いない。いや、頼むから違ってくれ。


ちなみにその先輩のスペックというのは、

分類:人間(ギリギリ)
性別:男(おそらく)
身長:160cmくらい
体重:60kgくらい(ほぼ脂肪)
推定顔面偏差値:36.1
運動神経:中の下
頭脳:中の中
竿:かなりデカい

ざっとこんな感じである。


こうして数値化すると、全然ハイスペックではないように映るだろう。(竿以外)
実際にその人物と対面しても非モテ男子の典型みたいな風体なのでとてもリア充とは思えない。(竿以外)

だから僕はすっかり安心しきっていた。
彼氏ならまだしも、あの人に彼女なんてできるわけがないと高を括っていた。


それなのに!それなのに!それなのに!
悲しきかな、人間とは裏切りの生き物よ。

自販機のジュース代としてお金を貸し、「また今度会ったときに返すから!」と言ったきり連絡のつかない稔也くん。
「代わりに宿題やってくれたら1万円あげる」と言われたので頑張って徹夜で完遂させたところ、翌日「今日は手持ちがないから」とそれ以降もシラを切りとおした蒼馬くん。
意気揚々と「あとでライン交換するか!」なんて言ってきたくせして、ラインを交換するどころかその後一回も会話をしなかった史明くん。

でもいいんだよ、僕はね別に怒っているわけじゃないの。
ちょっとね、悲しかっただけ。そんなのよくあることだから、気にしなくてもいいんだから。


だから僕は、陸上部の先輩に彼女ができたと知ったとき素直に「おめでとうございます」と伝えた。
「お互い初めての恋人だからどうしていいのか分からなくて」と初々しい話を始めたときも、そのニヤニヤした顔に唾棄するでもなくちゃんと黙って聞いていた。

もちろん心の中ではかなり深手のダメージを負って精神は瀕死状態であったが、幸いにもまだ行為には及んでいないということでなんとか僕のHPは尽きずにいた。


いやさぁ、ほら。

誰しも「コイツだけには絶対に負けたくない」とか「コイツには勝ってるな」という自負とか、そういうのってきっとあると思うんだけど、まさに僕にとってこの先輩こそがその1人であったわけよ。
その先輩含めて陸上部の長距離走メンバーは全員恋人がいなかったけど、その中でも件の先輩は群を抜いて気持ち悪かったから、きっと僕以外の部員も心中で見下していたはず。

「俺に恋人はいないけど、アイツよりは可能性があるだろ」みたいな、低レベルの安いプライドをかけた戦いが陰ながら繰り広げられていたわけだよ。

ところがここに来て「実は彼女ができたんだよね」と来たもんだ。
その彼女の容姿や性格については恥ずかしがって教えてくれなかったので知らないけど、でも「あの人に恋人ができた」という情報だけで僕の精神を破壊するには充分だった。

おまけに「俺は顔で選んでないからさ。ちゃんと中身で選んでいるから」とか、いかにもリア充がのたまいそうなセリフを抜かしてきよってマジで許さん。

そのうえ恋人のいない身が何を言ったところで負け惜しみにしかならない。


本当に辛かった。
僕の根幹を成していた寄る辺が見るも無残に薙ぎ倒されて、いよいよ両足だけで体を支えられなくなりそうだった。

確かに僕は今「彼女なんていらない」と、そう思っている。
これは強がりでもなんでもなくて、心の底から色恋沙汰は面倒だと思っている。

いわゆる「さとり世代」というヤツだ。

だけどそんな僕がこの世界的なニュースを耳にしたとき、はじめて「彼女がほしい」と切実に思った。
同じ陸上部員にこの事実を伝えようと緊急連絡したところ、その彼もショックのあまり危うく身投げしそうになっていたほど、その破壊力たるやビッグバンをも凌ぐ勢いであった。


だが、なによりも僕の心を折ったのはあの魔法のアイテム。
それがまるでリア充認定記念徽章であるかのように腕につけられた、彼女とペアルックのブレスレットだ。

 

というのも、先輩が「実は彼女ができた」と僕に伝えたのは、2人きりで食事に行ったときのこと。
高校卒業後はそれぞれ別の道に進んだため、会う機会も減っていた。そんな中での久方ぶりの食事会。だいたい2年ぶりくらいであった。


先輩は、顔もさることながら普段着もパッとしない。
高校時代一緒に出かけた際も、体全体にユニクロを纏って飼い猫の臭いを撒き散らすような残念さだった。

その日は2年ぶりの再会であったが、服装は上述した雰囲気からは特に変化なし。
気持ち悪い顔に鈍色の衣服。そんなネズミ小僧と2人で待ち合わせをして、僕らは真昼のファミレスに入った。


だが席について間もなく、僕はとある異変に気づいた。そして訊ねた。
「その左手首に巻きついている数珠はアレですか。ついに変な宗教にハマったんですか?」と。

すると先輩は「んなわけないだろ。ブレスレットだわ」と僕の頭を強く叩いた。痛かった。と同時に考えた。

それが数珠でないなら、なぜ先輩がわざわざ同性との食事会でおしゃれアイテムを携えているのか。おしゃれに目覚めたにしては、服装は相変わらずダサいし気持ち悪い。
これはおかしいぞ。何かが彼の身に起きている―――と。


その後徹底的に問い詰めると、ついにヤツは「彼女にペアルックで貰った」とボソッと漏らした。
ちなみに僕も衝撃のあまりチョロッと漏らした。


もうその時の衝撃といえば、あの消費期限切れのタラコみたいな唇から「ペアルック」という単語が出てきただけで天変地異が起きたのではと錯覚した。

僕の先輩は、たとえどんなに課金しようとも絶対に手に入らない超超レアアイテムを、何の気なしに手に入れていたのだ。

おまけにそれを語っているときのあの嬉しそうな目よ、まさにプライスレス!ってうるせぇよバーカ。

 

とかく、あの衝撃からもう1年以上が経過した。
あれから2人はどうなっただろうか。
当時は箱根へ温泉旅行を計画していたが、それはうまくいったのだろうか。予定調和なハプニングがあったのだろうか。


僕には知る由もない。
まぁ知りたくもないけど。