お金がほしい

お金がほしい

先に謝っておきます。ごめんなさい。

救いはアンパンマンの中に。乾パンは救いの中に。

アンパンマンたいそう』という歌の中に、「アンパンマンは君さ」という歌詞が存在する。
じゃあお前はいったい何者なんだよ、なんて思っていた時期もあった。


アンパンマンというのはひどく傲慢なヒーローであると思う。
人は時に救いを求める。ピンチに陥ったとき。落ち込んでいるとき。塞ぎこんでいるとき。そして、お腹がすいているとき。

そのさなか突如現れた彼は、尺が足りないんじゃ!という大人の事情で敵を一蹴し(正確にはパンチ)、そして食物を与える。
僕はこしあん派なので、正直なところつぶあんの彼を食べようとは思わないんだけど、でも本当にお腹がすいていたとすれば、彼の姿はそれはもう神々しく見えるに違いない。

そうやって彼は自らを神聖視し、崇め奉らざるを得ない信者を増員させてゆく。

なんといっても、彼は見返りを求めない。ここに美学があり、カラクリがある。
彼のおこないは、ビジネスではなく紛れもない慈善事業。SDGsでありCSRでありNPOなのだ。


しかし人間というのは悲しき哉、見返りを求めるものである。
見返りというのは、自分が動いたときだけでなく、相手に何かをされたときも同様。

ほら、お隣さんにお土産もらったら絶対お返しの品とか用意するでしょ。
助けられた一般人がヒーローに向かって「せめてお名前だけでも...!」とか言うでしょ。


アンパンマンに命を救われ、そのうえ食物も与えられる。
だのに彼は口座番号の書かれた振込用紙を手渡すでもなく、「礼なんて要らないさ」とその場を後にしようとする。


なんたるモラルハザード
彼は人間を一体なんだと思っているのか。

義理と人情を何よりも重んじる江戸っ子ならば、この彼の言葉に激昂すること間違いなし。
プライドがズタボロになったぶん、せめてその恩返しをするか、あるいは何もしないことへの報いを受けなければ男が廃る。


そういうギブアンドテイクの関係性を、どうして彼は理解できないのか。踏みにじられたヒトの思いを斟酌できないのか。


男はひとり、自部屋に閉じこもって泣いていた。
俺はなんて惨めな生き物なんだ。いっそこのまま死んでしまったほうが・・・


そう思ったまさにその時。
突如テレビの画面には、かの御仁が1/10スケールで射影され、そして高らかにこう歌うのだ。

アンパンマンは君さ」と。
つまり、受けた恩は必ず返せと。けれどそれは恩義を受けた相手に向けてではなく、目の前で困っている人に、これからの時代を担う子供たちに、そして愛する家族に。


彼は決意する。もう一度、ここから踏み出そう。俺も役に立つ人間になろう。
誰かの役に立つのではなく、困っている人の役に立とう。


そんな思いの末に生み出されたものこそ、今の時代誰もが認知しているあの製品。その名も乾パンである。

備えがあるから憂いがなくなるのではない。憂いがあるから備えをするのである。
彼は幼い頃に震災で両親を失くし、祖母の寵愛を受けて育ってきた。

そんな彼も今や一児の親。
愛する妻と可愛い娘に恵まれ、決して裕福とは言えないながらもささやかな幸せを享受して過ごしてきた。


あるとき、彼は勤め先の都合で出張に行くこととなった。
妻と娘を残し、遠く離れたある土地へ。

玄関口で妻が所持させてくれた数枚のパンを片手に、電車に揺られること五時間。
やっとの思いで到着した父は、しかしその瞬間、激しい揺さぶりに思わず転倒した。


地が割れ轟音が響き木々が軋み悲鳴が耳を劈き、世界が怒っているようであった。地震である。
降りたばかりの電車は、気づけば数十メートル先で横転しており、駅ホームの屋根は緩やかな風に揺れて粉を吹いている。

男は唖然とした。
わずか1分前までの平和が、たった十数秒の出来事により、見事に破壊されている。

これが現実なのか、受け入れなければならないのか。


だが、男にはそんなことを悠長に考えている余裕などなかった。

妻は、娘は、無事なのだろうか。
娘は泣いていないだろうか。
ここよりも被害が大きくなかっただろうか。
昨年建てたばかりの家は、2人を守ってくれたのだろうか。


父は、横転した電車を横目に決断する。
今すぐに帰ろう、と。

父は歩いた。
会社のことなど、仕事のことなど、出張のことなど、とうに忘れていた。
自分が何のためにここに来たのか。そんなことよりも、今はもっと大事なものがある。

父は歩いた。ひたすら歩いた。
ひび割れたレールに沿って、ひび割れた地面を踏みしめて。

どこまでも、永遠にたどり着かないような道のりを、休むことなくひたすら歩き続けた。

 

そうして20時間がすぎた。
日が沈み、やがて昇り、いつもどおりの太陽。いつもどおりの朝。しかし、何もかもが違う朝。

彼はふと、自らの空腹に気づく。
思い返せば、丸一日何も口にしていなかった。

そう思った途端、唐突に腹の虫が騒ぎ出し、足がしびれるように痛み出し、強烈な眠気が彼を襲った。
でも彼は休んでなどいられない。休む時間など残されていない。

歩みを止めないまま、彼は背負った鞄から小さな袋だけを取り出して、再び背負い直した。
手に持った袋には、昨日妻が渡してくれたパンが入っている。

それを掴んで口に運ぼうとするのだが。
パンは布のようにガチガチに固まっていた。

昨日からひどく乾燥していたため、内部の水分が抜け、パンも干からびてしまったのだろう。

その触感に彼は食欲も失せ、いま一度袋の中に戻そうとも思ったのだが。


一口食べてみる。歯に触れた瞬間、水気を失ったパンの表面がザザザッという効果音を出しながら、少しずつ口腔内に入っていった。

やはりボソボソ。硬くてとても食えたものじゃない。でもなんだこれ、めちゃめちゃ美味しいじゃねぇか。
なんだよこれ。バカみたいに旨いじゃないか。

「空腹は最高のスパイスである」という言葉がかつて嫌いだった。
ブルジョアが気まぐれに発した言葉に思えたし、約やかな生活を繰り返してきた彼にとって、空腹とは苦痛でしかなかったからだ。


だけども、違った。
空腹とは魔法のごとく食べ物を美味しくしてくれるのだ。幸福を与えてくれるのだ、紛れもなくスパイスだった。


ただでさえ水分が足りていないのに、そんなことに今更気づいて、彼は涙を流しながら歩を進めた。


そして50時間後。ようやく彼は自宅に戻った。
いつもと変わらず照りつける太陽、青い空、町並み、匂い。そして、妻と娘。

ひどい臭いを放ち、ボロボロになった服になどお構いなしに、妻が涙ながらに飛びついてきた。
どうやらこちらは何事もなかったらしい。それでいい。

いつもどおりの笑顔で「おかえり」と出迎える娘に、彼は幸せを見つけた。
そして同時に、ヒーローになる決意をした。


彼は会社をやめ、3年もの年月を費やして乾パンを生み出した。

売り出した当初は、絵に描いたように酷評だった。
面と向かって「マズい」と言われたこともあった。けれど、それで良かった。

なぜなら彼は、ホンモノの幸せの味を知っているからである。

 


※これは作り話です。そしてゲーテなんていう人の名前は知りません。

また、乾パンはアンパンマンよりも先に生まれました。
それから僕は乾パンが嫌いです。あれは氷砂糖を食べるための試練だと思っていつも食べています。