男と月と、それから女 (後篇)
どうでもいいかもしれないが前回までのタイトルとして、僕は何も考えず「前篇」「中篇」と付けてしまった。そのため今回は、どんなに過去の自分を恨もうとも「後篇」と書くしかない。
つまり、知らず知らずのうちに無理やりにでも今回で終わらせないといけないという謎の試練を自分で課してしまうこととなった。最悪だ...
でもまぁ、さすがに今回で終わらせます。今は残暑厳しい夏なのだから、いつまでも青春について語ってばかりもいられない。
ちなみに前回までのおさらいをしておくと、僕の友達であるAO木くんが先輩のMさんに恋をして、そこから彼の苦悶に満ち満ちた青春がスタートしたというところまで書いたかと思う。
・・・ってこれはやべぇ。こんなんマジで終わる気がしない。
頑張れよ、30分後の自分。
一応前回までのリンクを貼っておきますのでご参考にどうぞ。
さて、前回まではおおよそ僕が高校1年の夏までを追いかけていった。
今回はそれから少し経った秋、10月の下旬から物語がスタート。
というのも、その年の10月30日というのがAO木くんがMさんに最初の告白をした記念すべき日付なのだ。
もちろんその日の天候は晴れ。
大きな月が夜空を彩る、まさに「月が綺麗ですね」と言うにはぴったりの、そんなおあつらえ向きの日であった。
AO木くんがとある春の日から募らせてきた彼女への想い。
そのきっかけこそ心理テストという、これはまったくもって拍子抜けもいいところだが、しかし半年以上その気持ちが続いたということはそれだけ本気だった証拠なのだろう。
彼の場合きっかけが偶然心理テストだったというだけであって、もしかしたらそれが無くともその後月日を重ねるうちに否が応でも自身の気持ちに気付いていたかもしれない。
これはあくまで推測だが、彼が彼女に告白する未来というのはたとえ過去が変わろうとも遅かれ早かれ訪れていたのではないかと、個人的にはそう思う。
そうしてこの日、AO木くんはMさんへ告白をした。
場所は彼と彼女が通る共通の帰路。
徒歩で自宅に帰るMさんを後ろから自転車で追いかけたAO木くんが、彼女まで追いつくとそこで徐ろに自転車を降り、そこで愛を告白した。
まぁ多くの人が察している通り結果は残念だったのだが、後から聞いた話ではその伝え方も少し勿体なかったような気がする。
まぁこれは後に反省していた点でもあるのだが、彼はMさんに「好きです」と言っただけで「付き合ってください」とまでは言わなかったそうだ。
「月が綺麗」「好きです」と、このたった2つの情報だけ与えられたMさんはその後少し返事に詰まったようだが、ともあれ「ありがとう」という言葉と共にきちんとお断りの言葉を返したそう。
ちなみに彼はその告白を終えると自転車に跨り彼女に別れを告げ、そのまま軽トラを追い抜くぐらいのスピードで去って行ったらしい。
※自転車の危険走行はやめましょうね。
前にも書いたが僕という人間は異性に告白をしようと思った例がないので、彼が告白に踏み切った理由というのはおそらく聞いても分からない。
それこそ彼は「Mさんと付き合いたい」とか「Mさんの乳をつまみたい」とか「Mさんに思いっきり詰られたい」という願望を押し付けるのではなく、ただ自分が好きであることをストレートに伝えただけであった。
たしかにこの場合Mさん側の立場としてはどう反応すべきか腐心するのだろうが、しかしこの行為だけで彼がいかに恋愛に対してプラトニックな青年であったかを知ることができる。
僕の友達の中には「何となく顔がタイプで体つきがいやらしいから」という理由だけで告白する人もいる。「顔は全然タイプじゃないけど性格が好き」と告白する人もいたし、世間には「とりあえず一発ヤれりゃそれでいい」といって告白する人もいるだろう。
それがイイとか悪いとか、それは当人同士の都合なので僕がとやかく言うことではないのだが、僕にはその全てがあまり理解できない。と同時にその情熱には尊敬の念を抱いてしまう。
このことを大人に言うと結構深刻なトーンで「かわいそうに...」と言われるのであまり声を大にして言いたくはないのだが、ともかく燃えるような恋をする前に僕の青春は終わってしまった。
ただ、友達の恋愛にうっかり首を突っ込んでしまったときには本当にロクでもない経験しかしなかったため、それほど後悔もしていないというのが更に恐ろしい。
これから先、一体僕はどうなってしまうのか・・・あぁ怖っ。
ではではここいらで話を戻しまして、日時は彼がMさんに振られた翌日のこと。
僕の予想に反して、彼は意外にも失恋を引きずっていないように見えた。もちろん誰にも悟られまいとして気張っていただけなのかもしれないが、むしろ少しばかり清々しているようにも映る。
それまで思い悩んでいたことに1つの区切りがついて、彼も残念ではあったが一歩前進したのではなかろうか。正確には前進というよりステージを変更しただけのような気もするが。
当然ながら同じ部活に所属するAO木くんとMさんなので翌日も顔を合わせることにはなるのだが、ある意味で吹っ切れていた彼は別段平生と変わる様子なく彼女と接していたような気がする。
そしてそれから1年半ほど月日は流れ、Mさんが高校を卒業する日になった。
あの日以来彼は彼女への恋心に区切りをつけ、その日は同じ部活の先輩としてその門出を祝うべく後輩代表として背中を押してあげるAO木くんの姿・・・
なんてものはそこには無かった。
もうね、びっくりした。
僕はあれで諦めると思っていましたよ、普通に。
だって端から脈なしだったし。
しかもそんなこと彼が一番理解していたし。
というかそもそもAO木くんが告白したときMさんに彼氏いたし!!
もうね、正直よく分からなかったですよ、えぇ。
一番分からなかったのが彼女にそこまでの魅力があったのかということなのだが、これはAO木くんにもMさんにも失礼なので言わない。言わなかったことにする。
怒るなよ!マジで。
だからね、AO木くんが「卒業式の日にMさんにもう一回告白するわ」って言ったとき、僕は正直ガリガリ君からコーンポタージュ味が出たときよりびっくりした。
もう背中なんて押せないよね。色んな意味で恐ろしい。
しかも彼は告白するってのにおそらくMさんと付き合えるなんて微塵も思っていない。
それがおかしい。何のための勇気だよってむしろ反対すらしたくなる。なのにどうしてだろう、これがめちゃくちゃかっこいいんだよバカヤロウ。
僕はこの日AO木という漢を見たぞ。こんなのアレだよ、鴻門の会における樊噲くらい輝いて見える。
まぁ2度目の告白も案の定AO木くんはMさんに振られちゃったけども。
とはいえ彼の闘争心はむしろこのことが原因で火がついてしまった。
僕には何が着火剤だったのか、どこに火の元があったのかすら見つけられなかったのだが、高校卒業と同時に関東の大学に入学した彼女を追うべく彼はここから猛勉強を始めることとなる。
その目標というのがそう、Mさんよりも学力が上の大学に行って彼女を見返してやるというもの。
執念が凄い。熱量が凄まじい。方向が斜め上過ぎる。
どんな不純な理由だろうと、大学に受かりさえすればそれでいい。
当時彼はそんなことを言っていた。やべぇかっこいいぞどうしちゃったんだよいきなり。
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そうしてそれからあっという間の1年が過ぎ、先輩から受け取ったバトンを今度は僕たちが後輩に託す日がやってきた。
僕たちの代の、高校卒業式である。
中高と一緒だった僕と彼は別の進路へ、彼は所謂難関と称される東京の大学へと入学を果たし、見事有言実行を果たした。
それでいいんだよね?
ね、青木くん。