お金がほしい

お金がほしい

先に謝っておきます。ごめんなさい。

キャリアウーマンの羞恥に悶える姿を見ると勝ち誇った気分になるのは何故なのでしょう

タイトルが長い。
最近のラノベかよってくらい長い。
でもさだまさしの歌詞に出てきそうだと解釈を変えるとなんだか高尚な感じがする。

だがそんなこと、今はどうだっていい。
なぜなら僕は今、最高に気分がいいからだ。

宝くじが当たったわけでもなければすれ違いざまに美少女から告白されたわけでもないけど、どう表現すればいいのだろうな。。。
とにかくこの世の幸せというものを噛み締めることができている。

あれあれ。それはどうしてか、だって?
なに、知りたいの?教えてほしいの?


・・・あれ、そうでもないって?

まぁそうだよね、人間というのは他人の不幸にしか興味ないもんね。知ってる知ってる。
そんなの自分が一番よく分かっている。

彼氏が他の女と歩いていた、みたいな会話を聴くときが一番楽しい。


でもさ、せっかくみんなもこうしてこのページを開いてくれたことだし。
もうここまでで300文字以上読んでしまったわけだし。

時間潰しついでにまぁまぁ聴いてくださいよ、えぇ。


・・・思えばさ、このページを開いた人しかこの文章を読まないんだよね。
当たり前のことなんだけど、なんだかそれって面白い。

まぁいいや。

では早速、今日何があったか、何がそんなに僕を幸せにしてくれたのかを綴ってゆこうではないか。


そう、あれはいつも乗る電車の中でのことだった。

今朝の8時ごろ、最寄り駅のホームからいつも通り電車に乗り込み、気だるい体を吊革に掴まった右腕に預けていたとき。

突如として、どこからともなく不可思議な音が僕の耳に入ってきた。

それは電子音のようで、それでいて一定のリズムを保っていて、そして何よりも驚いたのはそれがどうしようもなく聞き覚えのある音だったことだ。
正確な律動、無機質な電子音。しかしその音に覚えるのは程よい脱力感。


どう考えても、ピコ太郎のそれであった。


僕は思った。
え?今さら?今さらピコ太郎?おいおい嘘だろ?と。

普段から電車内ではスマホを弄らずにひたすら茫と過ごしていたためだろうか、予想外に起きた出来事に僕の心は浮き足立っていた。
言うなれば、興奮していた。


なので僕は「おいおい、通勤時間帯に時代遅れのピコ太郎流してるやつはどこのどいつだよ」なんて心の中で笑いながら後ろを振り返ってみることにした。

田舎の通勤電車というのは都会の朝9時半近くの混み具合に匹敵する程度で、密集はしているものの動くこと自体は容易い。
今日も電車内は暑かったが、しかし人間が詰め寄ったときのあのモワーッとする熱気とは程遠い暑さだった。

よって僕が音のするほうへ振り返ると、視界は遮られることなくすぐに1人の女性に行き着いた。

というのも、僕が振り向いたときにはその車両に乗っている大方がその女性を凝視していたため、僕もそれに倣ってじぃと見つめることにした。


その女性は座席に座っていてビシッと決めたスーツに黒縁の眼鏡が印象的な、まさにキャリアウーマン然とした人物だった。
彼女の右手には凛とした雰囲気と少しかけ離れた可愛らしいスマホケースが掴まれ、イヤホンが耳にまで伸びている。


この状況から推測するに、おそらくイヤホンを耳に装着したのはいいが肝心のイヤホンジャックをスマホに接続しないままにしてしまったため、スピーカーから音が出てしまっていたのだろう。
そして哀しきかな、彼女はそれにまったく気付いていない。

でもこういうことってよくあるもので、「あれ、なんか音小さいな?」って思ったら実はイヤホンが外れていたとかちゃんと認識されていなかったとか、自宅でそんな経験をしたことは少なくない。
そして「音が小さいぞ?」と思ったとき、人間というのはある行動をしてしまう。

単純なことだ。音が小さいのならば、大きくすればいいじゃない!


誠に遺憾ながら、彼女も同じ轍を踏んでしまった。
その彼女はイヤホンから音が聴こえていると思い込んだまま、音量をどんどん上げていった。

車内に響く電子音が、瞬く間に一段と大きくなった。


そうして音の聞こえる範囲が広がるにつれ、車内の混乱も広がった。車両の端のほうからもこちらを窺うような視線がいくつか確認できた。
そして何より、ピコ太郎がものすごい勢いでスベっていた。まったくもっていい迷惑である。

もちろんその彼女もいくら音量を上げてもちゃんと聞こえないことに「あれ?」という表情は浮かべていた。
動画の中のピコ太郎はこんなにも楽しそうに踊っているのに、その声は果てしなく遠い・・・と。


電車の中では、誰ひとりとして声を発することはなかった。
ただ各々が心中であらゆることを叫び、それを表情に出さないように押さえ込み、陰ながら彼女の動向を追っていた。

彼女の隣に座るサラリーマンは絶対に彼女を気にしないよう必死に自分のスマホを睨んでいた。いつも以上にいつも通りであろうと、そんな努力が伝わってきた。
なんだか全員がそういう空気を出していた。いつの間にか妙な一体感が生まれていた。


そして彼女がそのただならぬ空気を察したのは、それほど先のことではなかった。
スマホで動画を観ていた彼女が何気なく自身のイヤホンコードを触ったそのとき、先端部分がスマホに挿入されていないことを、このときようやく悟ったようだった。


ここで僕は「さすがに取り乱すかな?」と期待した。
キャリアウーマンたるもの、スカートが破れようと大音量のおならが出てしまっても動じることなく理知的な雰囲気を纏ったまま対処するイメージがある。

しかしこの場合、彼女はかなり多くの人に自分がどんな動画を見ていたのかを知られてしまった。
そしてそれがよりもよってピコ太郎だったという、明らかなイメージの崩壊がおきていた。

だからむしろ、取り乱さないほうがおかしいと思っていた。


しかし彼女は、決して慌てることはなかった。
イヤホンが入っていないことを悟ると、すぐに音量を下げてイヤホンをスマホに挿した。

そして何事もなかったかのように、毅然とした表情でスマホを弄りはじめた。


なんという精神力だろうか。僕は打ち震えた。
もし自分が同じ立場だったら、もしかすると股の間から温かい液体がチョロチョロと漏れていたかもしれない。

そのくらい恥ずかしい出来事のはずなのに、なんという落ち着きぶり。
そこまで動揺しないとなると、こちらも「あれ、これって別に大したことなかったんじゃないの?」と思いはじめてくる。

きっとそういった精神の強さが、彼女のキャリアの礎なのだろう。

僕は先刻まで憐れみの目で彼女を見ていた、そんな己を恥じた。
人間生きていれば失敗や失態のひとつくらいはあるものである。そんなとき、取り乱して慌てるのではなく冷静に対応することこそが己の道を切り拓く術になるのだと、そう感じた。


そうこうしているうちに、電車は終点に到着した。
彼女は僕よりも先に電車を出て、階段を降りていった。

「大切なことを教えてくれてありがとうございます」と、言葉ではなく後姿にお礼を言おうとして僕は彼女の背後に回った。

 

彼女の首筋が、冷や汗でキラキラと光っていた。