お金がほしい

お金がほしい

先に謝っておきます。ごめんなさい。

「芸能人だったら誰がタイプ?」とかいう誰も幸せにしない質問

「死ぬまでに一度は口にしてみたいセリフ選手権」なるものがあるとすれば、割と上位に食い込むであろう言い回し。面白半分で使いたいなぁとは思うけれど、いかんせん好機に恵まれない。
たとえば、「運転手さん、前の車を追ってください!」とか、「なに、名乗るほどの者でもないさ...」とか「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」とか。
あれ、最後のはなんか違うぞ。

個人的には、マンガやドラマなんかでよく耳にする「愚問だね」というのがけっこう好きで、この5音を発するだけで相手を全否定し自分のターンにできるという、なかなかに性根の腐った至高のセリフである。
ちなみに同系統で「ID真っ赤だぞ」というのも好きなのだが、どう考えても煽っているROM専なので使う機会がない。というか最近見ない。

そのぶん「愚問だね」は一見汎用性が高そうに思えるのだが、意外にも用途が狭いのが難点。
この言葉を発するとき、それは質問に対する答えが明白なときに発動されるため、本当に「愚かな質問」のときにこの言葉を言うと、ただの悪口になってしまう。

なので、これを用いる際には細心の注意を払わねばなるまい。そしてそんなことを考えているうちに、これを発するタイミングを逃してしまうのだ。
だから口から音としてこれを発することはかなりレアケース。

しかし、現代とは利便性を突き詰めた社会であり、その結果手が口ほどにモノを言う時代になった。
そう。個人がSNSを通じて意見を発信できたり、僕みたいに滝のような不満を滔々と書きなぐるだけのやつが現れたり。


であるならば、これを使わない手はない。
愚問ランキングTOP100みたいな企画をやって、ひたすら「愚問だね」と返すだけのゲームがしたい。なにそれ頭悪そう。

だが、そんな僕ですらリアルの、日常会話の、世間話の最中に、つい「愚問だね」と言いたくなる瞬間があるのだ。

そう。
何を隠そう、それが「芸能人だったら誰がタイプ?」である。

世に「パンドラの箱」という逸話があるように、決して開けてはならない、触れてはならない事案なんぞいくらでもある。

しかも厄介なことに、この会話というのは出会ってから間もない間柄でのみ発生するため、この質問の答えによりその後の人間関係が大きく左右されるといってもいいかもしれない。
そのため危険物取扱免状も有していない人がサラッとこれを投げかけるというのは、通りすがりにグレネードランチャーを手渡しされるくらいに危険が危なくて危うい。まさにパンドラの箱

だいたいこの質問によって生まれるのは、せいぜい嫌悪感とか距離感とか警戒心とかであり、信用や信頼とは縁遠い位置にあることは明白。

そりゃ僕だってガッキーと付き合えるものなら、額を地面に打ち付けて土下座してでもお願いしたいところだが、残念ながら僕には降る雪がぜんぶメルティーキッスならいいのになと思えるほどのアーティスティックな感受性を有していないため、不釣合いであることは確定的に明らか。
というか付き合うために土下座しなくてはならない時点で既にアウト。

よって、僕が「好きなタイプは新垣結衣さんです」と発したその瞬間、「はいはい、こじらせ童貞乙」みたいな慢侮に満ちた表情で周囲から見られることは分かりきっているため、我々不細工童貞たる同輩は「角が立たず周囲からナメられず得心のいく回答」を予め用意しておかなくてはならない。

しかしその結果を僕は知っている。
そう。ある人は「牧野ステテコです」と言ったがために殺され、またある人は「天使もえです」と言ったばかりに生涯牢獄で暮らすこととなった。

誠に遺憾ながら、我々は奇を衒った回答を用意してしまうのだ。
だがそれは仕方のないこと。アイデンティティの欠落した人間が行き着く地など、せいぜい三枚目に徹することしか残されていない。

悲しきかな、それが事実である。


けれども、それは活路である。
我々は知っている。それを尋ねた相手が、さして自分に興味など抱いていないことを。

本命は僕の隣にいる、陰毛が生えているのかさえ疑わしいほど爽やか系な優男くんの答えであり、僕のターンは準急ですら停車しない駅レベルでどうでも良い。
だから僕らが答えに窮したところで、それこそ誰も幸せにならない。

 

これにより、分かったことはただひとつ。

 

 


久しぶりにビールを3缶空けると、こんなしょうもない文章もスラスラと書けるものなのですね。

個人的に気になる『食品ロス』取り組み事例

近年、特にここ数年飲食業界を大きくざわつかせているのが、食品ロス問題なのではないかと思う。
実際にも今月(2019年10月)から「食品ロスの削減の推進に関する法律」が施行され、いよいよもって対策が現実味を帯びてきたようにも感じる。


僕個人としても、身内に飲食関係の仕事をしている者がいることから、この問題にはやや早いうちに興味を抱いていた。
テレビやネット等でそれらの特集がされていればチェックし、世の中が少しずつ動いている様子を随分長く眺めてきたように思う。


さて、そんな受動的な人間は今こうしてブログという発信媒体を有している。
メディアを通じて得た情報に「へぇ」と呟くだけの頭でっかちな人間だった僕が、発信する側に立つチャンスなのではないか。そう思った。

と、以上の経緯により、この記事を書くに至ったわけである。


当然ながら日本各地の食品ロス取り組みを認知しているわけでもないし、どちらかといえば僕の興味はビジネスモデルにあるので、正直なところ取り組みの内容云々に大きな興味があるわけでもないのだが。

しかしこういうのって、なんかいいじゃないですか。
顧客の購買行動を体系化するフレームワークとして、よくAIDMAやAISASやらが用いられているが、近年出現した「共感」と「共有・拡散」という行動パターン。

要するに、購買における「罪悪感の喪失」というトレンドもこの食品ロス問題解決に一役買っているのではないかと。
そう思うのです。

 

  • VEGHEET

さて、そんな僕が初めに食品ロスの取り組みを知ったのが、この商品。

vegheet.jp

市場に出回ってから結構経つのでご存知の方も多いかもしれないけど、ベジートというもの。

http://img21.shop-pro.jp/PA01417/087/product/132159252_th.png?cmsp_timestamp=20180614182932

ニンジンの皮やブロッコリーの根っこなど一般的に使用されない部分や規格外のものを原料としており、余すことなく野菜を使うという意味でロスがない。
よく考えればペーストしてシート状にしてしまうので、どんなに形がいびつでも味が美味しければそれで原材料としては充分なのである。

現在は拡販されているかもしれないが、ネットはもちろんリアル店舗ならばイトーヨーカドーで買えると思うので、興味のある方はぜひ。
ちなみに我が家では生春巻きにして食べました。見た目がカラフルなので写真映えもするんじゃないのかな。

 

 

  • rebake

それから次に手を出したのが、rebakeというロスパンを扱うWebサイト。

rebake.me全国の(登録された)パン屋さんで余ったものをweb上で購入すると、冷凍で郵送されてくる。
とはいえ、余らなければ郵送できないので、いつ発送されるかは店側の売上しだいということになる。

こちら既にかなり人気のサービスで、店によっては注文してから数ヶ月待ちのところもある。
しかし趣向を凝らしたパンだったり、珍しいラインナップが多く、パン好きの方ならば購買意欲がそそられるはず。

なにより個人的にポイントが高いのが、低アレルゲンの商品ラインナップが多いことである。
小麦アレルギー持ちのお子さんにパンを食べさせてあげたいと思ったとき、近所に店がなくてもスマホひとつで注文できるため、色々な方にオススメしたいサービスである。

 

  • フードパスポート
  • TABETE

それから、最近話題の「フードパスポート」や「TABETE」はきっとたくさんの方がブログで触れていると思うが、取り組み事例としては一番注目したいところ。

フードパスポートは月額1000円程度のサブスクで、月10回という上限があるが、余った食材の料理を店で注文することによりレスキューできる。
TABETEは、店舗で余った食材を「持ち帰り用のお弁当」として活用し、注文後に実際の店舗まで取りに来てもらうというサービス形態が主流。

フードパスポートはもともと関西でスタートしたが近々関東にも拡大するようで、かなり伸びるのではないかと予想。
TABETEは逆に関東が主流で、だんだんと西に近づいているが関西上陸予定の情報はまだない。

ちなみに僕の住む静岡県の西部、その中でも浜松市ではTABETEを用いたフードロス対策の実証実験が2019年10月よりスタートしている。
10月1日当初は4店舗の登録しかなかったが、12日現在で10店舗にまで増えており、タイミングが合えばぜひとも買ってみたい。

food-passport.jp

tabete.me

 

  • ZENB PASTE

そして最後に、「これ面白いな」と思ったのがこちら。

zenb.jp「ZENB PASTE」という名前だけに野菜の全ての部分(たとえばコーンの芯や、枝豆のさやなど)を使ったペーストで、トーストにつけたりサラダにかけたりという使用例がある。
詳しくは上のリンクにレシピが載っているので、そちらを参照されたい。

 

https://d2nvnemqtr8vus.cloudfront.net/assets/images/home/paste_thumb.jpg?cacheKey=1552474699

ただ、こちら税込1,620円となかなかよいお値段。
値が張る理由は想像がつくので責められたものではないが、普及には時間がかかりそうである。

 


とまぁ上から目線で色々と書いてきたが、店や企業側がどんなに取り組みを進めようとしても、客側と意思疎通できていなければまったくの無意味。
そのため、わたしたち消費者もきちんとした意識を持って今後も食品ロス問題の解決に努めていかなければならないと感じている。

1年前の書き損じブログの処理方法

ふとパソコンを漁っていると、「あああああ.txt」という謎のテキストファイルを見つけた。開けてみるとこれまたびっくり。ブログ記事用に書き溜めていた文章が現れたのだ!

こ、これは神の啓示か・・・?などと思い内容を読むのだがとてもとてもとてもつまらない。なんだこれ。一ミリも面白くない。

いつ書いたものだろうとプロパティを覗くと、最終更新が2018年9月ということで、ちょうど1年前に書かれたらしいと判明した。

そう、何を隠そうわたくしその文章を自分で書いた記憶がまるでないのである。むしろつまらなすぎるため、他の人が書いたものであって欲しいと願っているレベル。

だが文体というか書き方の癖はごまかせないもので、「あ、これ自分の文章だな」というのは数行で理解できた。

 

なのでどうだろう。最近ネタもないことだし、この際思い切ってそれを公開してしまおうではないか。なに、1年前の自分の没記事が読者にどう捉えられようと、まったくダメージはないしむしろ微笑ましく見守れるレベル。

いっそこれをバネとして今後のブログ活動の反面教師に拵えれば、より良質な記事を書く手助けになるかもしれない。

という詭弁を脳内で完結させましたので、以下その文章を載せます。

長い割に面白くないです。もう一度言います。面白くないのにけっこう長いです。

 

 

―――――以下、本文―――――

「タイトル:嫌われるミュージシャンの特徴」

 

しばし「好き」の反対は「無関心」というが、対義語はどう考えても「嫌い」である。
けれども、この世に0か100かで語れることなど皆無に等しく、まして言葉尻を捕らえる現代においては殊更言うまでもないだろう。

だから「好き」は「嫌い」も包含しており、その強さやベクトルのちょっとした違いなんかでファンとアンチの対立構造が生まれるんじゃないか、なんて個人的には思うのです。

YouTubeのコメ欄を戦場としたアーティストへの賞賛と悪罵なんて後を絶たず、あまり感情的でない性格の僕からすれば、よくもまぁ皆さん躍起になってドンパチできますね。と素直に感心してしまうのだが、ファンがアンチコメをスルーできないのはそれだけ思いが強いからなのでしょう。
対象が何であっても、熱を傾けられる何かがあるというのは本当に羨ましい。というか妬ましい。

たとえば僕が音楽について記事を書き、できあがった文をいざ見てみると本当に淡白な仕上がりになっていて、多分50年後にはAIが僕よりよほど上手な文章を皆さんにお届けしているのでしょうね、と勝手に妄想して勝手に落ち込んでいる。
音楽ライターとか腕のあるブロガーの文章を見ると、こりゃ敵わないな、なんて思ってしまうのです。

何が違うかというと、もちろん音楽的素養とか専門用語の多さもあるんだけど、やはり熱量。
読んでいてすごく気持ちがいいのは「これを書いた人は本当にこのアーティストが好きなんだな」と思えるからで、そういうのは一朝一夕に養えるものではないし、文才ではなく感受性の問題。

だから本当はrockin'comの音楽文というサイトに寄稿してみようか、なんて一時考えたときもあったが、今のままでは無理でしょうね。


なので僕は今の僕らしく、アホ丸出しの駄文をひたすら書き殴っていこうと思う。

今回筆を執ったのは、眠れない夜にふと「嫌われるミュージシャンの特徴」って何だろうと気になったため。本当にただそれだけ。

というわけなので、金にも鉛にもならないがこのブログを通して上記の題について考察をしてゆこうと思う。

まずはじめに、嫌われるミュージシャンとはどういう系統なのか、それをあらってみる。
以下に書き記したのは個人の見解によるものであり、独断とか偏見とか恨みとか嫉みとか色々混入していますので悪しからずご了承願います。

 

  • 嫌われるミュージシャンの特徴
    • 量産型の同じような曲調ばかり
    • キャラクターが作りこまれている
    • 歌詞が浅い
    • ハイトーンを駆使しまくる
    • 歌が下手
    • ファンにミーハーが多い


はい。
・・・ついに言ってしまった。これまで何となくみんなが思っていたけれど口に出したら殺されるからあえて口を閉じていた事実に首を突っ込んでしまった。

けれどもここまできたら引き下がれないので、以上の6つを順に見ていくことにします。

 

  • 量産型の同じような曲調ばかり

これはね、アーティストやファン側に言い分があるのはわかる。要するに、「シングルだけじゃなくてアルバム曲も聴け」と言いたいんですよ。
シングルというのはタイアップした曲が多く選ばれるので、必然的にタイアップ先が求めている曲調=量産型みたいになってしまうんだよね。
だからファン以外の人からすれば「コイツらまた同じような曲出してるよ」となるんだけど、そうではないんだよと。全然違う曲調もできるんだよ、と言いたいけど、アンチはアルバム曲なんて聴かないので意味ないんだなこれが。

なのでこれについて争っても無意味な気がする。

 

  • キャラクターが作りこまれている

テレビで急にイキりはじめる奴。
某かの被り物をしている人。
インタビュー記事で痛すぎる言葉を熱く語りだす人。
独特のファッションセンスで浮世離れした雰囲気を出そうと頑張っている人。

人間というのは、否、日本人というのは島国としての収斂進化を遂げたので、ある枠から逸脱した存在というのは排除したいと思う人が多い国民性である。
関係ないように思うかもしれないが、女子の就活生はそのほとんどが画一的なスカートを穿いており、それは「大勢の中の一人でいたい」という同調心や安心感を求めての行動であると推察される。

なので、特殊なキャラクター性を有するバンドとかいきなり出てきたら何となく嫌いになるでしょ。そんな感じですよ。
もしかしてビリーアイリッシュがいまいち日本でウケないのはそういう理由?違うか、違います。

しかし、だからといって受け手側(リスナー)に非があるなんてことはなく、おそらくアーティスト側もアンチが増えることに対して理解はあると思う。
そういった覚悟がある人以外は自らに変な属性を付加するべきでないし、それでいて「批判するな」と言うほうがさらさらおかしい気もするのです。

 

  • 歌詞が浅い

まぁこれはアレだ、恋愛系でしょうね。
歌というのはたぶん言葉にできないものとか文字にし難いものを表現する媒体のひとつだと思っていて、そういう面で恋愛というのは音楽と非常に強い親和性を有しているのではないか。

つまり、恋愛とは日常において感情が最も揺れ動くシチュエーションのひとつなのではないかと。
まぁ僕は実体験が伴わないので知らないんだけど。


とはいえ、「なんかよくわからないけどモヤモヤした気持ち」とか「脳みそが溶けそうなほど幸せな気持ち」とかって言葉にするのが難しく、結局先人たちが用いたフレーズに頼らざるを得ない。
例をあげると殺されてしまうのであえて伏せるが、なんとなくお分かりいただけるでしょうか。

 

  • ハイトーンを駆使しまくる

「最近の若いバンドはキノコで女みたいなナヨナヨした金切り声ばかりだな」とよく言われている。僕が言っているわけじゃない。勘違いするな。よせ、ナイフをこちらに向けるな。
まぁ、でもたしかにボーカルが高い声のバンドは多い。高い声が出る=歌がうまいという方程式は成り立たないが、まぁ音域は広いほうが歌える曲の幅の広がるし、そう悪いことばかりではないでしょう。

ではなぜ嫌われるのか。理由のひとつは、嫉妬であると思う。
誰だって歌がうまくなりたい。この場合の「歌」というのはみんながよく聴く歌、つまり流行歌なので、必然的に若手バンドの曲を指すことが多い。

そんな「王道」が全部ハイトーンばかりだったらイヤになるのも当然。カラオケ行っても歌えないんだよ!
ヤバTが「流行りのバンドのボーカルの男みんな声高い」って歌っている声もそれなりに高いんだよ!

するとそんな思いがだんだんと「とりあえずサビでハイトーン出しておけみたいな安直さが嫌い」とか「ただ張り上げているだけだろ」みたいな愚痴に変わってゆく。

それ以外は単純に趣味嗜好の問題で、「高いだけで声が細いから嫌い」とか「耳がキンキンしてうるさい」という、もうこれは合う合わないの話ですね。

 

  • 歌が下手

「歌手なんだったら歌がうまくあれよ」という言い分はわかるが、やや的外れなことを言っている気もする。
そもそも巧拙とは個々の主観に委ねられるものであり、書籍「嫌われる勇気」の内容を曲解すれば、そんなん個人の力ではどうすることもできひんやんというお話。

音程が合っているからうまいというわけではなく、外れることが多いから下手だと思うのもまた、どうしようもなく個人差でしかない。残念ながら。

よってこの議論は不毛。さようなら。


お気づきだろうか。だんだんと書くのが面倒臭くなって、各項の文章量が徐々に減っていることに。
まぁいいや。ラスト。

 

  • ファンにミーハーが多い

これはねぇ。僕みたいに何の取り柄もにくせにプライドだけは一丁前な男に多い気がするのだが、もういまさら公然とback numberが好きなんて言えないのよ。
「RAD好きなんだ、今マジで流行ってるもんねー」なんて返されたらおそらくそのまま清水寺までダッシュして舞台から飛び降りた帰り道すがらタイに行って性転換手術します。

きっと屈曲したアイデンティティというか、もうちょっと生意気な表現をするとアウトロー精神というか、そういうものが邪魔をして物事の正しい評価ができなくなってしまう。
そういう人は、きちんと吟味せずに「タピオカなんて何がいいの?」とか「出たよインスタ映え」などとその他大勢を嘲笑うことで自我を保っている。

けっきょくのところ、頭ごなしに否定する人というのは、それらを深く知らないという意味でミーハーと何ら本質が変わらない。
そのため同族嫌悪という表現でもあながち間違いではないかもしれないが、月と太陽みたいなもので、基本的には背中合わせなのである。

まぁ要するに、陰キャ陽キャの関係性みたいなもので、陰キャたちが見つけた原石を陽キャが拡散させることで世の中が回る。
お互いに矜持があって意地があるから決して交わることはないのだが、そういうつながりはある。

だからその中間くらいが最も平和で、逆にそれ以外は売れようが売れまいが批判する人がいるということ。


それぞれのスタンスのファンがあってこそのミュージシャンだとは思うのだが。

 

 ―――――以上、終わり―――――

 

というね。
いやぁ、もうすげぇよ。すげぇとしか言いようのない。

すげぇ、どうしようもない。なぜこれを書こうと思ったのか分からないし、なぜ謎のフォルダに保存したのかも分からん。

しかし公開しなかった理由は分かる。つまらないと判断したのだろう。おそらくつまらないけどたくさん書いたから捨てるのが勿体なく思えてきて、とりあえず保存しておこうとでも考えたのかねぇ。

 

とはいえ自分の文章を客観視する機会というのはあまりなかったので、そういう意味で貴重な体験になった。あとタピオカが去年の今頃からすでにブームになっていたのは新たな発見だった。
もう二度としません。