お金がほしい

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2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

隣の個室から屁で挨拶されたら返すのが礼儀

僕クラスの公衆便所ユーザともなると、便所内における挨拶は欠かせないものとなってくる。

普段お世話になっている便器や便座はもちろんのこと、隣の個室で共に冷や汗を流す仲間に感謝するためにもトイレ内において礼節を弁えることは肝要であると思う。


だが、例えばどうだろうか。
ある人物が便座に向かって唐突に「いつも本当にありがとう」なんてのたまった日には、周囲から便器のような白い目で見られること請け合いだ。

そして隣の個室で踏ん張るあなたに「こんにちは!」と元気に挨拶するのも、やっぱり気後れしてしまう。


ならば、僕らに残されたコミュニケーションツールはひとつしかない。
そう、屁である。

だが大多数の人はこう思うだろう。屁でコミュニケーションが取れるのかと。

しかし屁を侮ってはいけない。
メラビアンの法則によると、人間がコミュニケーションをおこなうにあたって重視する項目は、言語情報が7%、聴覚情報が38%、視覚情報が55%とある。

つまり人間というのは言語情報がなくとも屁の音だけで4割近くコミュニケーションを図れるということになろう。


屁。
そう、それはトイレの住人たる僕ら腹痛族が編み出した、汗と涙の結晶なのである。


だから僕は隣の個室から挨拶されると、なるべく返すように心がけている。

例えば「ブリブリブリブリッ!! プ、プゥ?」と聞こえたときは、「俺はめちゃくちゃ元気だよ!! で、君は?」てな具合に変換可能である。

これは一般市民からすると非常に奇妙な光景に思えるかもしれない。
週に1回くらいしか腹痛を味わったことのない人からすれば、小便器に向かって用を足しながら「おいおい、個室のあいつは誰に向かって疑問を発してるんだ?」と思っていることだろう。

その他「ん゛ーっ、ん゛ーっ、ハァハァ、ん゛っっ! プリッ!」という吐息と屁のハイブリットタイプも多く見受けられる。
この現象に対して快便族の方々はきっと「おいおい、めちゃめちゃ踏ん張ってたったのそれだけかよ!」と笑いを堪えているに違いない。

だが僕らは、必ずしも努力が報われないことを知っている。
120%の力を振り絞っても、生まれ来るのはせいぜい7割が限界。

残りの3割の謀反に怯えながら水を流すときのあのやるせなせに共感し、隣の個室ではきっと涙を流す男の姿があるだろう。

 

だが、そんな僕らの仲を引き裂くように、数年前から天敵が登場した。
そう。ご存知「音姫」である。


本来ならば女人禁制であるはずの男子便所に、あろうことか姫が居座っているのだ。
このトイレのシステムを根底から覆すような技術革新に、我々腹痛族は2分化することとなる。

一方は変化を受け入れ、音姫の導入に歓迎をもって賛成する者。
もう一方はこれまでどおり腹痛族の結束をより堅固にしようと音姫に断固立ち向かう決意をした者。

どちらも意思を持って決断し、そのどちらも間違ってはいなかった。


こうしてかつての仲間を失った僕らは、もうこの先きっと分かりあうことはないのだろうという諦めに近い感情を持ったまま数年の時を過ごした。
そうこうしているうちに音姫は市民権を得るようにして、もはやウォシュレットにおける必須項目になるまでその認知度を高めていった。


けれど、そんな流れに反するようにしてある噂が流れ始めた。

音姫って排便時の音を完全に消してくれなくね?」

この意見は次第に万人の中に秘められていたモヤモヤ感とマッチし、すると音姫に対しての不満が増えるようになった。


「全然屁の音が消えないじゃないか!」
「30秒で急に止まるなよ!」
「てかお前うるさすぎ!」

排便の音が消えないのではもはや何のために音姫を起動させるのか分からない。
おまけに音を掻き消すためのシステムが「うるさい」とまで言われる始末。

時代の趨勢が変わった瞬間であった。

 

こうして僕ら腹痛族は分裂していたかつての仲間と合流し。再び歩き出し始めた。

けれど音姫の残した功績は大きく、トイレ内におけるパーソナル問題やマナー・モラルに対しての意見は増えている。

こうした動きから近年では「流した後にズボンを穿けばいいのか、ズボンを穿いた後に流せばいいのか」という議論が白熱し、話題を集めている。

特に混んでいるトイレの場合では、待っている人が流れる音を聞くと「おっ、もうすぐだな」と思ってしまうため、そこからモタモタとズボンを穿いていると後の人の腹とアナルに多大なダメージを与えかねない懸念が挙がっている。
反対にズボンを穿いてから流す場合も、ベルトの金属音が聞こえてしまうことによる誤解や先の見えない絶望感を与える恐れがあるとして、どちらも意見が慎重にならざるを得ないのだ。


こうしたデリケートな問題は、やっぱり屁によるコミュニケーションで軽減できればいいな、と思っている。

誰もが漏れそうなときは焦るものだ。
そんなとき、「ぷっ、ぷっ......ぷすぅぅぅ~~」という音で「もうじき空くからね」と後ろに列を作る人に合図できれば、きっと世の中はもう少しだけ平和になるような気がする。

 

そんな気がしているだけ。