お金がほしい

お金がほしい

2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

何かが違う、我が人生

先日、久しぶりに家族全員揃ったため一緒に食事に出かける機会があった。
姉を含めて4人だけで食事とは、およそ1年ぶりのことであった。

僕はまだ地元の大学に通う学生の身分なので二親と共に実家暮らしであるが、姉は東京に出ているため直接会う回数というのは年々減ってきている。

そのうえ彼女は今新しい命を授かっているため、子供が生まれて旦那と3人で暮らすようになれば身内の不幸でもない限り顔を合わせることも無くなるかもしれない。

きっと両親や姉もそんなことを思いながら、それでも決して言葉には出さず、貴重な家族水入らずの時間を過ごしていた。


僕らが向かったのは和食料理店で、空いていたのだろうか店に着くとすぐに畳の部屋へと案内された。
順々に腰を下ろす僕ら4人は、僕と父が厨房の見える席で、母と姉はそちらに背を向け壁と対面するような形で座っていた。

僕と両親は同じ空間で寝食を共にしているから、交わす会話もいたって簡素で事務的なものである。
一方で姉はしばらく家を空けていたから積もる話もあるのだろう、会話が途切れることなく母や父と楽しそうに過ごしていた。

僕はそんな3人の話を片耳で聞きながら、ただぼーっと料理の運ばれてくるのを待っていた。


するとその時。
「ひぃゃっ!」

いきなり姉が黄色い声を発した。
驚いた僕が姉を見ると、両手で口を押さえながら屈むようにして身を竦めている。

隣の机で食事していた、おそらく50代くらいの母とまだ若い娘もその声に反応してこちらの様子を窺っていた。
何事かと思っていると、姉は徐ろに手を伸ばして僕と父の背中の向こうを指差した。

「なんか......いる!」

振り返るとそこには木目調の壁に同化するように息を潜める、よく分からない謎の生命体が壁に張り付いていた。

見た目はトカゲとかヤモリっぽいような、紛うことなき両生類が一匹。


クモだったら僕も発狂していただろうが、それ以外の生命体ならば断固として動じない。
ダンゴムシと尺取虫とコオロギをこよなく愛する男、それが僕。いやいや、人間を愛せよ。

隣の女性陣も呼応するように悲鳴をあげたし、なんだか店中がざわつき始めたし、僕は別に放置しても良かったんだけどスルーするのもどうかと思ったので、しかたなくそいつを店の外に逃がすことにした。
謎の粘液を皮膚に纏うようなやつでなければ、直接手で触るのもやぶさかではない。

僕は壁にへばりつくその両生類を捕獲すべく、ひとり立ち上がったのであった。


結論から言おう。
僕は死闘の末、完全勝利を果たした。

しかし壁を伝う生物というのは、想像以上に難敵であった。
ファーストアタックで身柄を確保できれば、あとはポイッと窓の外に捨てるだけである。

それに失敗するや、あとは血で血を洗う生命体同士の命をかけたセカンドフェードの戦いへと移行する。

おのれアイツめ。
届かないと思って天井ギリギリまで登ったり隣の女性2人組のほうへ行って僕を混乱に招いたりと良いようにあしらってくれやがって。


4か5回目のアタックでようやく尻尾を掴んだ僕は、口をパクパクさせているそいつを宙吊り状態にしたまま窓のほうへと運んだ。
隣の机からは「うわー...」という冷たく嫌悪に満ちた声音が背中に届いた。


窓を開けてそいつを外に放り投げる。これで僕の任務は完了。

何事もなかったかのように腰を下ろそうと、僕は自分の座っていた座布団のほうへと足を向けた。
のだが。

「ちょっと! 座る前に手を洗ってきなさいよ!」

母の怒鳴り声だった。

「よく素手であんな気持ち悪いの触れるね...」

向けられたのは姉の若干引いた目だった。

 


おい、違うだろ。
もっと別の言葉があるでしょ。

別に褒められたくてやったんじゃない。
こんなことで誰かにお礼を言われても、嬉しくもなんともない。

でも違うじゃん。
僕の思い描いていた理想の姿と、こんなの全然違うじゃん。


なにこれ。
隣の机の女性から、ありがとうございます!とか無いの?
家族全員から「やっぱお前は頼りになるなぁ」とか「やるときはやる男だよね」とか、そういう労いの言葉の1つや2つはないの?

中学生の頃サッカー部のキャプテンは、レストランでゴキブリが出たとき素手でそいつを外に逃がしたら、その場にいた全員から拍手を貰ってたよ?

僕は違うの?
なんだよ結局顔なのか?日頃の行いが悪いからこういうことになるのか?


心なしか隣の机から向けられる視線も何だか冷ややかなものになっている。
気持ち悪いと発した言葉は、ひょっとしてアイツではなくて僕に言ってるのか?

 

何かが違う。何か間違っている。
僕は何かを間違えたのでしょうか。