台湾旅行記 狂乱のホテル篇 5(最終話)
※連載モノは今回で一旦区切りです。長い間ありがとうございました。
結論から述べると、我々の作戦は見事なまでに成功した。
成功率はせいぜい50%程度と見ていたのだが、実際手をかけたドアはすんなりと開いてくれたのだった。
けれどまぁ。
K西くんは当然のごとく狼狽した。
それもそのはず。
AO木くんはK西くんがシャワーを浴びているとき命を懸けて僕たちの侵入を防いでいたというのに、K西くんときたら無抵抗で僕たちを迎え入れてしまったのだ。
もちろんその経緯に差異はあるものの、おそらく相当な罪悪感が当時の彼には押し寄せていたはずだった。
まさか僕たちがまた侵入を試みるとは夢にも思っていなかったのだろう。
K西くんは完全に油断していたようで、扉の外から現れた僕たち2人を驚嘆の目をもって見つめていた。
一方の僕らは、正直にいって笑いが止まらなかった。
思い返せばベテラン犯罪集団顔負けの周到かつ綿密な計画と実行により彼らを出し抜くことに成功し、今僕たちはここにいる。
そのあまりにエキセントリックな現実を前にして、もう笑うしかなかった。己の才能が恐ろしかった。
K西くんがあたふたとしどろもどろになっている様もまた笑いのツボを適度に押してくれた。
ところがその時。
「おいK西! なんか今ガチャンって音が聞こえたけど大丈夫か?」
突如シャワールームから野太い声が聞こえてきた。
AO木くんの声である。
マ、マズいっ・・・!バレた・・・!
ここに来てまさか勘付かれるとは思っていなかった僕らは、AO木くんの声にうろたえた。
せっかく侵入に成功したというのに、ここでK西くんがバラしてしまえば元の木阿弥になってしまう。これまで積み重ねた努力が全て水泡に帰してしまう。
そんな焦りが余計に判断を鈍らせて、AO木くんの問いかけに対するレスポンスが遅れた。
そしてそんな僕らをよそにして、ついにK西くんがシャワー室に向かって返答するモーションに入った。
・・・あぁ、終わったな。
その瞬間、僕もU原くんも潔く諦めた。
K西くんはきっと今からAO木くんに僕らの存在をバラしてしまうだろう。
部屋に侵入されてしまったこと、AO木くんの身が危ないこと、そんな洗い浚いを全て彼に報告してしまうだろう。
そうなればその先の展開は読めている。
仮にその後シャワールームを覗いたとしても後味が悪くなり、新鮮で芳醇な幸福感は決して味わうことができなくなってしまうのだ。
ここまで来たのにこんな結末ではちょっと残念だけど、しかし部屋には侵入できたわけだし、その点については合格とするか。
と、そうやって心の中で今回の整理を始めたその時、K西くんの口からは思わぬセリフが飛び出した。
「大丈夫! 何でもないよ!」
その言葉が耳に入った瞬間、僕とU原くんは「えっ!?」とK西くんの方を向きかえった。
いやいや、そこはAO木くんに報告すべきでしょうに。そう思っていると、K西くんはシャワールームに聞こえないくらいの小さな声でこう言った。
「いや、ここまで来たら乗っかるしかないでしょ」
その目は夜の闇よりも黒く輝いていた。悪いヤツの目である。
罪悪感? そんな感情なんて数秒前に忘れてきてしまったらしい。
同時に僕らの心にも再び火が灯った。
共犯者が増えた瞬間だった。
しかしAO木くんはK西くんの返答もそこそこにどうにも外の様子が気になるようで、「本当に大丈夫か? なんかさっき笑い声が聞こえたような気がしたんだけど・・・」と再度K西くんに問いかけていた。
だが残念だったなAO木くん。
彼はもう僕たちの手に落ちてしまっている。
「大丈夫大丈夫! 隣の部屋から聞こえたんじゃない? AO木くんは安心してシャワー浴びててくれていいよ!」
どこかの国会議員より最低な答弁だった。
その目はニヤニヤと笑っていて、かつてのピュアだったK西くんの姿はもうそこにはなかった。
そしてそれから30秒近く経過した頃、意を決して僕らはついに突入した。
K西くんは止めるでも手伝うでもなく、ただ僕たちの行動の一部始終を黙って見つめていた。
そこで目にしたのは、ガラス張りの小さなシャワールームで優雅にシャワーを浴びる全裸の同級生、AO木くんの姿だった。その姿は今もなお、僕の脳裏にしかと焼きついている。
いや、こびりついて取れないから誰か剥がしてほしいんだけどさ。
その刹那、いるはずのない僕ら2人と目が合ったAO木くんは瞬時にその巨体を手で覆い隠そうとしたのだが無駄なことよ。
たった2本の手で隠せる場所などたかが知れている。
まぁ幸いなことに僕らは背中側しか見えなかったのでイチモツとご対面とはならなかったが、それでもこうして時を越えてブログのネタにまでなっているわけなので、やっぱり僕の記憶には強烈に激烈に鮮烈に色濃く残っているのだなぁと。
そんな何年か前の話を先日AO木くんと久方ぶりに会ったとき語らったのが、今回ここに記そうと決意した経緯である。