大人と子どもの境界線
時々ひとりでいると、大人と子どもの境界線はどこなのだろうと考えることがある。
例えばどこかの部族は15歳になると一人前の大人になるための試練が用意されているらしい。それを通過した者だけが晴れて大人として認められるそうだ。
また昔の日本でも、伊勢物語で描かれていた初冠なる儀式が存在していたと聞く。
そういった厳然たる境界線があれば、たしかにそれ以前は子どもでそれ以降は大人としての扱いを受けることになるだろう。
よってその後は「自分は大人になったのだ」と疑うことなく信じることができる。
だが僕たち、少なくともここ数十年は、大人と子どもの定義が曖昧になっている気がする。
選挙権は18歳からあるのに20歳まで飲酒はできない。18歳になったら運転免許の取得も可能なのに、成人式は今のところ20歳のまま。
右も左も分からないうちから20歳になった途端にポンと社会に放り出されて「お前は大人になったんだから」と言われても「まだ自分は青二才のひよっ子だから」と不安になってしまう。
でも、かといって「お前はまだまだガキだからな」なんて言われた日には「こっちだって一応成人してるんですけど?」なんて喧嘩腰になることもしばしば。
だから僕が「大人と子どもの違い」についてあれこれ思考をめぐらせてしまうのは、どうにも現代の若者ならではの気がしてならないのだ。
実際、昨今の小説や漫画は主人公が15~20歳あたりに設定されていることが多いように思う。それはつまり思春期だ。
「自分は何のために生きているのだろう」「どうして自分は生まれてきたのか」「これから自分はどう生きてゆけばいいのだろう」と、そんなことばかり考えるだけ考え、結局答えは出ないから捌け口のないもどかしさを別の場所に求める。
そうやって形成された自我はディストーションがかかったように歪曲していて、だからこそ彼ら彼女らの群像劇は普遍的ながらドラマに富んでいる。
要するに、思春期の男女は心理描写の多い小説の題材にはうってつけの人材だということだ。
でも、正直境界線が分かったとしても感動もしなければ新しい発見もないと思うのだ。
結局僕の意見は変わらない。
大人なんて色々な意味で子どもに毛が生えた程度の存在でしかないと、そう思う。
ただ、強いて言えば大人と子どもの違いは「知っているか知らないか」の違いなのではないかと考えている。
しかし勘違いしないでいただきたいのが、断じて大人は博識で子どもは浅学非才であると訴えたいわけではない。
僕の考えは「大人は世の中に自分の知らないことがあるのを知っている」「子どもは自分が知っている世界だけで生きている」というものだ。
大人はたしかに子どもよりも人生経験が豊富だから知識量としては子供に勝る。
でも、世の中にはまだまだ知らないことが沢山ある。そのことに大人は自覚的だと思うのだ。
老子の言葉にこんなものがある。
知りて知らずとするは上、知らずして知るとするは病なり
完全意訳で申し訳ないが、これは「自分が知っているつもりの物事にもまだ知らない点があると考えるべきだ。そして知らないことを知ったつもりになるのが人間の愚かな点だ」と言っている。
自分が知っていると思い込んでいる物事についても不完全な知識であると考えるのが妥当だと老子は言う。つまり「いわんや知らないことをや」だ。
反対に、子どもは自分の知識が世界のすべてだ。
高校時代、国語の教授が授業中、生徒に向かってこんな質問をした。
「今からお前の知らないことを言ってみろ」
僕はその先生があまり好きではなかったが、この言葉が全てを物語っていると思う。
おたまじゃくしはカエルへと見かけ上は大人になるも、ずっと井戸の中で生活してきたカエルはやはり子どもだ。
海という空間を知って、はじめて未知を知る。
そうやって大人になるのではないかと、勝手に思っている。
そして話は変わるが僕は先日、愛知県小牧市でこんな祭りがおこなわれていることを知った。
僕としたことがどうしてこんな素晴らしい祭りを知らなかったのか、己の無知を嘆いた。
お隣の県でそんなに遠くもないはずなのに。
僕の知識の泉はまだ浅いんだなぁと実感した。
だが人間というのは知識だけあってもしょうがない。
最近は「知識が豊富=頭がいい」という頭の悪い考え方が一般的だけど、それなら何かひとつのことに詳しいオタクは全員寵児ということでよろしいでしょうか。
違うよね、大切なのは知識を知恵に変えてゆくプロセスだよね。
知識をどのように組み合わせて応用してゆくかだよね。
たしかにそのためには知識が豊富なほうがいいけど、「データベースは結論を出せないんだ」って誰かも言ってたでしょ。
でも残念なことに、ようやく「知らないことを知った」大人がそこから先の思考を放棄してしまうことが多い気がする。
そうした「大人になりきれない大人」が多いような気がする。
もちろんそれは僕もしかり、知らないどこかのアイツもしかり。
・・・あぁ、どうしたものでしょうか。
とりあえず来年はこの祭りに参加してみようかしら。えへへ。