大人になったということ
今、学習塾というのはどこでも無料体験授業を実施していて、最大1ヶ月程度、つまり3回程度はお金を払わずに授業を受けることができる。
そして僕がかつて勤めていた塾も例に漏れずそのサービスをおこなっていたため、塾長からその担当を任せられることもしばしあった。
というのも僕以上に実力のある講師たちは担当生徒が沢山いるので忙しく、それに僕は基本「ノー」と言えない性格なので全て了承していた結果、体験授業の生徒さんを任されることが非常に多くなってしまったのだ。
まぁ当時は「塾長が僕のことを信頼して体験授業の生徒さんを任せてくれているんだから一所懸命頑張らなくちゃ!」と額面どおりに(塾長の思惑どおりに)請願を受け取り、授業に臨んでいた僕であった。
んー懐かしいナァ。
そしてそんな体験授業を担当した際、こんな出来事があった。
その日担当したのは中学1年生の男子生徒。
その生徒さんは見るからに気弱で内向的な雰囲気があり、たやすく心を開いてくれるようなタイプではなかった。
そんな時には最終奥義「クスッと笑える小話特集」を僕の脳みそから数話だけ拝借し、主に自虐ネタや中学1年生の頃の話、そして生徒さんの身の上話などを質問して少しずつ心の距離を詰めていく戦法をとる。
そして日常会話から学校や勉強の話までを一通りし終えて、だいぶ打ち解けてきたなぁという、ちょうどそのタイミング。
「ちなみに僕って何歳に見えます?」
冗談交じりに笑いながら、どうよ?どうよ?と彼に質問をしてみた。
いや、これは別に深い理由なんてなくて、ただ会話の一環としてシンプルに質問をしただけである。
何歳に見えてほしいとか、その答え次第で休憩時間を減らしてやろうとかそういう魂胆は一切なし。
授業開始から10分程度が経過していたときのことである。
だが唐突にそんな質問を投げかけられた中学1年の彼は、当然「えぇっ!?」と困惑。
「んーー」とうなりながら僕の全身を舐めるように見渡し、しばらくの間考え込んでいた。
「(やっべぇ、変な質問しちゃったかなぁ)」
テキトーな質問にガチで考え込む彼を見て、当然ながら僕は自らの軽率な発言を悔いた。
正直、彼が僕のことを何歳に見えていようがぶっちゃけどうでもいい。
単純な会話のキャッチボールを楽しみたかっただけなのに、投げたボールがいつまで経っても返ってこない。
そのことのほうが、かえって気を揉む原因となった。
だがそんな矢先、しばらく下を向いて考え込み、手では練り消しゴムを作っていた彼がついにその重く閉ざしていた口を開いた。
「にじゅう・・・・・・きゅうぐらい、かなぁ」
当時19歳だった僕は、家に帰って一晩中泣きました。
というのは冗談だけど、でも29はねぇだろおい、と。
僕が小学生の頃「まぁアンタにとっては30歳も40歳も一緒だよね」ってよく母が言っていたけど、それと一緒なのだろうか。
中学1年生にとってみれば、20歳も25歳も30歳も凡て大人であり、それほど大差ない存在なのだろうか。
ん?あれ、ひょっとして僕が老けているだけなのか?そうなのか?
そして今度の話も同じぐらいの時期の出来事。
僕は毎日駅の無料駐輪場に自転車を停めているのだが、とある雨の日、カッパやらビニールやらを片づけるのに手一杯でうっかり鍵をかけ忘れたままその場を離れてしまった。
その日の夕方、戻ってきてみるとそこに僕の自転車がなく、自転車を置いてあったはずの場所付近には僕のカッパが無防備に転がっていた。
「あ、盗られたな」
それを見た瞬間、すぐに察した。
まぁこれは鍵をかけ忘れた僕が悪いので、警察に盗難届けを提出した後はすみやかに新しい自転車を購入することにした。
ただいずれにせよ盗まれた自転車は10年近く乗っていたものだったため、そろそろ買い替える時期かなぁとは思っていたのだ。
そして幸いなことにその日は金曜日であったから、翌日の土曜日に僕は近くの自転車屋さんへと出かけていった。
そうして1人、どんな自転車がいいのかと考えていると店員さんがこちらにやって来てこう言った。
「ご来店ありがとうございます。お子さんの自転車をお探しですか?」
家に帰って家族に伝えると、大爆笑された。
まぁ別にそれがイヤだったワケじゃないんだけども、僕って結構それまで年下に見られることが多かったから「おいおいマジかよ」という思いのほうが強かった。
とはいえそれ以降は、映画館で高校生料金押すのやめたけどね。