お金がほしい

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先に謝っておきます。ごめんなさい。

透明人間とその費用対効果について

おそらく健全な男子ならば一度は想像したことのあるだろうこの問題に、ついに我がブログが言及する日が来てしまった。

いつか書こうかなぁとは思っていたものの、また今度でいいやなんて思っていたらいつの間にか他のネタが切れていた。


というわけで、こういう機会でもない限りこんなしょーもないことに触れられないと思うので重い腰を上げて書いてみる。

皆さんは「透明人間になったら」という妄想を脳内で膨らませたことはあるでしょうかね。


いや、あるでしょう。
でも透明人間というのは結果ではなく、あくまで手段に過ぎない。

透明人間になったら、まずは女風呂を覗くとか好きな有名人に会いに行くとか女風呂を覗くとか、人それぞれやりたいことは異なるはずだ。


だがここで設定に関しての大きな問題がいくつか存在する。

一つ目は、透明=不可視だけでいいのかということ。

 

僕はいつも思うのだ。
仮に透明人間になって念願の女風呂を覗けたとして、不意に誰かとぶつかってしまったらどうするのかという心配。

万が一、いや億が一にもありえないのだからこんな心配をしても仕方ないのは分かっている。分かっているんだけども、ここのところは明確にしておきたい。


映画「ゴースト」のように見えない&触れられないというんだったら何も気にすることなく女湯観賞を満喫できるんだけど、目には映らないだけで実際にそこに存在するのならばきちんと対策を講じる必要がある。

もし好きな女の子のお風呂に忍び込むんだったら、最悪の場合壁にしがみつくか天井に張り付くことも計画に入れなければならないだろう。
うっかり手が滑って浴槽にダイブなんてしてしまった日にはただのカオス状態と化す。

ならばそこまでして覗かなくても、と思うし、なんだったらそこまでして妄想しなくても、とも思う。

それ以外にも、透明人間であることがイコール他者から見えないだけならば、興奮して息を荒げてもバレてしまうしうっかりくしゃみなんてしたらと想像しただけで寝付けなくなる。

映画「スパイダーマン」のベンおじさんも言っていた。
大いなる力には大いなる責任が伴う、と。ノブレス・オブリージュって言ったかしら。

目に見えないだけというのがドラえもんの道具で言うところのモーテン星と同義であるとするならば、センサーや赤外線には反応してしまうし機械から見ればそこに人間がいることなどすぐに分かる。
要するに監視カメラにもばっちり映りこんでしまう。


透明人間になれたとしても、その分かなりのリスクを背負うことになってしまうことを忘れてはいけない。

 

二つ目の問題は、着衣まで透明化できるのかという点。

これは意外と見失われがちだけど個人的には重要だと思っていて、例えば映画「ファンタスティック・フォー」のスーザンのように衣類は透明化できずに下着まで脱がなければならないケースも当然想定しうる。
それともワンピースの世界観と同様、身に纏ったものすべてに能力が干渉するような具合ならばあらゆる場所にスマホが持ち込み放題で色々なビジネスでひと儲けできそう。

先に挙げた映画「ファンタスティック・フォー」や映画「ミスター・インクレディブル」のように、特殊なスーツを着れば衣類までも透明化できるというご都合主義もありなんだろうが、その場合スマホは持てないし電車も無料で乗り込めない。

大体そんな特殊なスーツなんて作ったところで数百万円くらいかかりそうだし、そもそも作れないでしょう。
どこぞの自称マッド・サイエンティストが「俺に任せろ!」とか言いそうだけど、なおのこと信用できない。


おまけに摂取した水分や食料が透明化されないとなれば、消化・吸収・排出の流れが可視化されてしまうということになりかねない。
その結果何もない空間からうんこが出現するというなかなか奇奇怪怪な現象を巻き起こすことになろう。

そんなのはいやだ。

 

三つ目の問題は、その能力が期間限定か否かという点。

おそらくこれが一番重要。
透明人間になってから数日間は、おそらく毎日が充実ハッピーライフハッピーホームタマホームなのだろう。

次はあの子の家に侵入しよう、次はあのコンサート会場に潜入しよう、飛行機に無賃で乗り込もう!などなど夢は尽きない。


だが、ふと我に返ったときこう思うのだ。
「俺はなんて孤独なんだろうか」と。

透明人間たるもの他の人からは決して存在を視認されることがないので、当然ながらそこに居ない人物として誰からも話しかけられることもなければこちらから話しかけることもできない。
もちろんこれは設定上の観点からいくつかひっくり返ることもあろうが、何もないはずの空間から突然声が聞こえたら人間普通いちもくさんに逃げるでしょう。


すると人間というのは弱いもので、有り余る自由を手にすると無性にやるせなさが募ることとなる。
映画「秒速5センチメートル」風に言えば、日々弾力を失っていく心がひたすら辛かった、という感じ。


僕は知っている。
誰とも話すことなく過ごす一週間が、どれほど孤独であるかを。

夕刻になって、面白くないテレビをぼーっと観て、ふとした瞬間に笑って。
するとそのとき初めて、今朝起きてから声を出していなかったことに気付く。

微かに出た掠れた声。そのたったコンマ何秒のために大きく声帯が擦り減ったような気がして、そうしているうちに自分は死ぬんじゃないかとか思い始める。


ここまで来ると稲葉さんのソロ楽曲「透明人間」とほぼ同じ精神状態。
かなりヤバい。

だからアブサロムのように、悪魔の実の能力として自分が使いたいときに発動させるタイプが一番使い勝手が良いのではないだろうか。
良いのではないだろうか、なんて悠長に言っている場合じゃないけど。

 

さて、こうして色々とまとめてみたが、結局のところ透明人間になるには計り知れないリスクと向き合う必要があることが分かった。
我々はSF映画の中ではなく、暴風の吹き荒ぶ地球上の現実に生きているわけだからご都合主義もセオリーも定石も通用しないことだらけである。

そんな世の中だからこそ、僕らは夢を語り、そして追い求め、そしてそれを儚き妄想として胸のうちに秘めることがいつしか当たり前になった。


それでも僕は透明人間になりたくないとは思わないし、数時間限定のお試しキャンペーンがあるならば是非もなく参加してみたいと思っている。
けれどもやはり、現実でも理想の世界でもリスクマネジメントの観点は必要不可欠なのだということを今回学んだ。


そして僕は透明人間になりたいのではなく、ただ単に女湯が覗きたいだけの変態だということも、今回明らかになってしまった。

今後警視庁では、この男が近い将来何かいかがわしいことをするのではないかという疑念を追求すべく、捜査を進めていく方針である。