お金がほしい

お金がほしい

2020年10月をもって更新をストップします。永らくのご愛読ありがとうございました。

盗まれた自転車が2年半ぶりに戻ってきた

昨晩10時頃のこと、突如我が家にプルルルルルという電話の音が鳴り響いた。

「はい、もしもし」
「あ、どうもこんばんは。私警察署のものですけれども、夜分遅くにすみません。○○さんいらっしゃいますか?」

訊ねられたのは紛うことなく僕の名前だった。
温かみのある気さくな雰囲気の声だったが、“ケイサツ”という音を聴いてたちまち背筋が凍った。


「あ、僕...私ですけど............な、なにかありましたか?」
「いやね、実は○○さんが盗難届けを出していた自転車が見つかりまして、現在その自転車に乗っていた人に事情聴取しているところなんですけれども」
「あ、そうですか......」
「それでね、○○さんの自転車を署で預かっているものですから、もし都合がつけば明日か明後日にでも署の方へ取りに来てもらいたいんですが、いかがですか?」
「あっ......えぇと、明日...か明後日...ですか。......えっと」

僕はかなり混乱していた。
正直言うと、昨日はサッカーの日本代表戦を見るべく備えていたためそれどころではなかった。

おまけに自転車を盗まれたのは2年半以上前のことである。
新しい自転車にも乗りなれてきたところなのでぶっちゃけ今更感が強いというか、はた迷惑な話であった。

そもそも僕が盗難届けを出したのは見つかってほしいからではなく、盗難届けを出しておくことによって放置自転車の撤去料3000円が免除されるからである。

 

とはいえ所有者が僕の名前で登録されてある以上、捨てるなり引き取るなりこちらが動かなくてはならない。
警察が勝手に自転車を処分してくれるとはとても思えないためどうにかしなくてはな、なんて考えていたが故の混乱であった。

すると電話口の向こうから、再び声がした。

「あ、いいですよ。また30分後くらいに電話しますので。そのとき改めて日付等言ってもらえればと思いますんで、はい」
「......あ、そうですか。では、そうさせてもらいます」

ということで電話を切った僕。
電話を切った後になって「どこの警察署にあるのか、あるいは交番にあるのか聴いておけばよかった」とか「本当に僕の自転車なのか?もしかして新手の詐欺なのでは?」という後悔が矢継ぎ早に押し寄せてくる。


ともあれ30分後にかかってくる電話までに方針を決めておこうと思い、さいわい翌日は帰りが遅くならない見込みだったためその日に取りに行く旨を伝えようと決意。そして電話の前で待機した。

すると本当に30分後に電話がかかってきた。

「あ、もしもし○○さんですか?」
「はい、そうです」
「△△警察署の××ですけれども、先ほどお伝えした件のことなのですが、私どものほうで○○さんのお宅へ伺おうと思っているのですがよろしいですかね?」
「え、あっ.......いいんですか?」
「えぇ。それでね、○○さんは成人していらっしゃるので、大変恐縮なんですが今の時間からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、今からですか?」

時計の短針は数字の10と11の狭間にある。
たしかに深夜だが、この年にもなれば別段問題はない。

「えぇ、大丈夫ですよ」
「恐れ入ります。そうしましたらですね、書類の作成が終わり次第こちらを出ますので、11時までには到着できると思いますので。すみませんが...」
「あ、はい。分かりました」
「よろしかったですかね、それではすみません、お伺いしま~す」

・・・ということで急遽警察が夜中の11時に我が家へやって来ることになった。
この時間に警察が自宅に来るなど、よほどの悪党か不審者くらいなものだろう。

ともあれ警察が来ることになったので、何を思ったか僕は急いでシャワーを浴びた。
玄関を小綺麗にし、休日だったので放置した髭もちゃんと手入れした。

もはや仲のいい異性の友達が家に遊びに来る感覚である。

 

どうしてこちらから取りに行く話が、30分の間を経て向こうから来てくれることになったのだろうかという疑問はあったが、こちらから出向かなくてもよくなったのは実に都合がいい。
車で署に向かおうにも自転車が大きいため荷台に載らないのではと心配していたこともあったし、かといって歩いていこうものなら自宅から警察署まで1時間近くかかる。

事情は知らないが向こうが動いてくれるのならば乗っかっておこうと思い、警察の到着を待った。

11時を少し回った頃、ようやく自宅の呼び鈴が鳴った。
玄関の先にいたのは、どう見ても電話口の相手とは違って若くて細い男性警察官。

番号で照合してあるから間違いないと思うが、念のため自分の自転車かどうか確認してほしいとのことだったので外に出ると、たしかに僕の自転車だった。
そういえばハンドルの右側に傷がついていたっけ。あぁ、そういえばサドルが外れちゃって変えたばっかりだったっけなぁと、実物を見ると色々思い出す。

盗難の被害にあった自転車とは8年近くの付き合いだったので、モノに執着するタイプでない僕でも割と感動的な再会であった。

 

と、ここで警察官がおもむろに語りだした。

「実はこの自転車を乗っていたのが普通の会社員の方でして、警察の厄介になるのがこれで初めての人なんですね。それで、この自転車は駅で盗まれたとのことですが、会社員の方によると自分の住んでいるアパートの駐輪場に1年以上放置されていたと。サドルには砂埃が積もっていて誰も使っている様子がなかったことから、かつてこのアパートに住んでいた人が引越しするときに置いていった自転車なのではないかと思ったそうなんです。それで自分が使ってしまったらしいんですね......」

僕は無言で頷きながらその話を聴いていた。

「それで、その方も今回すごく反省していて、普通の会社員の方なのでもしこのことが会社にばれてしまったら大変なので。。。その、我々がこんなことを頼むのもアレなんですが、今回の件は寛大な措置を取らせてもらってもよろしいでしょうか...ね...?」

これで警察がわざわざこちらに出向いてきた理由が掴めた。


そして僕は、その話を聴いて「はい」と答えるしかなかった。
実際その会社員の人がどういう人柄なのか、もしかしたら言い訳としてでっち上げた話だったかもしれないが、本当だったら随分とお気の毒なことである。

僕がうっかり自転車を盗まれたばっかりに、間接的に知らない会社員の人に余計な気苦労をさせてしまったような気がして些か気が引けた。というか知らない人の措置がどうなろうと、今の僕にとってそんなことはどうでも良かった。

 

あとはひたすら書類の記入と押印の繰り返し。
深夜の玄関口でハエと蚊にたかられながら、ひたすら警察官の指示通りに手順を踏んでいった。


それらが終わると、またこちらから電話するかもしれないという旨だけ伝えて警察はあっけなく帰っていった。
とりあえず玄関先でお見送りをして、自転車を自宅の敷地内へと移動した。

ずっと会社員の方が乗っていたこともあって、しっかり動く。ブレーキも利くし、テールライトはなぜか剥ぎ取られていたけど、乗るのに何ら支障はなかった。

思っていた以上に自転車とはタフである。
ここまで問題がないと、またコイツに跨ってみようかな、なんて思えてくる。

 

まぁ唯一問題点を挙げるとしたならば、警察から電話がかかってきた瞬間、僕の脳内ではこう囁かれたことである。

「よし、これで明日のブログのネタが決まったな」


もはや病気ですね。