まえおき
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいた。
そんなある日のこと。
いつものように、おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ芝刈りに行かなかった。
おじさんもおばあさんも、もう何もかもが面倒臭くなってしまったのだ。
おばあさんは買いだめしておいた洗剤が切れたタイミングで、おじいさんは「あれ、芝刈りってぜんぜん儲からなくないか?」と気付いたタイミングで家から一歩も出なくなってしまった。
おばあさんは震える手で火鉢に木をくべながら呆け面のおじいさんに言う。
「何をしてるんですか、おじいさん。山へ芝刈りに行かなくていいのですか?」
おじいさんはすかさず言いかえす。
「いやいや。おばあさんがいつものように川へ洗濯に行ったらわしも出ようと思ってたんじゃ」
しかしおばあさんはそれを待ってましたとばかりに
「わたしもおじいさんがいつものように山へ芝刈りに出かけた後で洗濯に行こうと思っていましたよ」
ニタリと笑いもせず、おばあさんは冷たくそう返した。
ちょうど時節は冬の早朝。
どこからともなく入り込んだ山の冷気はしわの増えた老体に染み入り、おり曲がった体をいっそう硬直させる。
外はいつにも増して風が強く吹き荒れ、時折葉の揺れる音が唸りのようにこだましてはどこかに消えてゆく。
ミシミシと音を立てる家屋の中では、火花を散らす薪がパチパチと、二人の間を流れる静寂を窺っていた。
そしてしばらくのち。
「そうは言ってもおばあさんや。冬の山はまだ暗くてあぶないから、もう少しだけ待っていようかと思ってのう」
「あら、それならおじいさん。冬の川は凍っているかもしれないから、わたしもお天道さまが昇るまで待っていけなくてはいけません」
「しかしだねぇおばあさんや。あんまり洗濯がおそくなると、ちゃんと乾かなくなる気がするんじゃが」
「こんなに風が強ければ少しくらいおそくても大丈夫ですよ、おじいさん。それに今日のお洗濯ものは生地の厚いものが少ないですから、いつもより速く乾いてくれると思いますよ」
「おう、そうかいそうかい。それはよかった。ところでおばあさんや。隣町の佐々木さんがな、このあいだ...」
「おじいさん。あれから時間も経ちましたし、そろそろ山へ芝刈りに行くお時間ではないですか?」
「・・・・・・」
「・・・もしもしおじいさん、聞こえていますか?」
「・・・あぁ、聞こえておるとも」
「ならおじいさん、お天道様が高いうちに山へ芝刈りに行かないと」
「しかしだねぇおばあさんや。きのう納屋の鍵を失くしてしまってのう。刈ろうにも道具がなければどうしようもないようて・・・」
「あら、それは大変ですこと。それなら予備の鍵が戸口のしたに置いてありますから、仕方ありませんから今日はそれをつかってください」
「・・・お、おう、すまんのう」
「いえいえ。おじいさんはむかしからものを失くすことが多かったものですから、念を入れて用意しておいたんですよ」
「・・・そうだったのかい。おばあさんは昔から気がきいておるわい」
「あら、ありがとうございます。それではおじいさん、お気をつけて」
「・・・・・・いや」
「・・・ん?おじいさん?どうされましたか?」
「・・・いや、まぁ。・・・そうじゃのう」
「なにかお困りのことでもあるのですか?それともどこか具合でも悪いんですか?」
「いや・・・具合が悪いというわけでもないのじゃが・・・なんじゃろうなぁ。すこしからだが重いような気も」
「あら、それはだいじょうぶですか、おじいさん。よくみたら顔色もいつもよりわるいように見えますねぇ」
「・・・そ、そうかのう。・・・あぁ、言われてみれば頭も痛い気がするぞ、もしやひごろの疲れが出たのかもしれんのう」
「それは大変ですねぇ、おじいさん。では今日はゆっくりお休みになってください」
「そ、そうかい? ・・・いやぁ、すまんのう。体調管理には気をつけていたはずなのじゃが」
「いえいえ。お互い無理の利かない年齢になりましたから、仕方のないことでございますよ」
「ありがとな、すまんのう」
「いやはや、それにしても困りましたねぇ。じつはさきほど火鉢に入れた薪がさいごだったんですよ、おじいさん」
「・・・な、なんじゃと」
「いえ、おじいさんが今日も山へ芝刈りにむかうとばかり思っておりましたので、ついさきほどすべてを使いきってしまいました」
「そ、それは大変なことではないか、おばあさん」
「そうでございますねぇ、おじいさん」
「このままではわしもおばあさんも凍え死んでしまうわい。おばあさんや、すまんが少しばかり山へ入って薪を取ってきてくれないかのう」
「あら、それは困りましたねぇ、おじいさん。そうしたいところではあるのですが、わたしは方向音痴がひどくてきっと迷ってしまいます。この場所に帰ってこられるかも心配で心配で・・・」
「そ、そうか・・・それは弱ったのう。なんとかなればいいのじゃが」
「そうですねぇ。この家が見える範囲でなら、わたしもきっと迷うことはないと思いますが・・・」
「おう、そうかい。だったらその範囲でよいのでいくつか薪をお願いできるかのう」
「えぇ、かまいませんよ。そうしましたらおじいさんはすこし待っていてくださいね」
「すまんのう、おばあさんばかり行かせてしもうて」
「いえいえ、おたがいさまですから、こういうときはわたしにお任せくださいませ」
「いやぁ、おばあさんはじつに頼もしいのう。これならわしも安心しておばあさんに余生をあずけられるわい」
「またまたなにをおっしゃいますか、おじいさん。・・・しかしこれは困りましたねぇ」
「・・・ん、こんどはまたどうしたんじゃ、おばあさんや?」
「お洗濯ものですよ、おじいさん。わたしが山へ薪をとりにむかうと、川でお洗濯するには日が短すぎます」
「そうかのう、まだ余裕はあるとおもうんじゃが・・・」
「いえいえ、おじいさん。ここから川は遠く、ゆきかえりだけで相当なお時間がかかるんですよ。それからお洗濯ものを干してもきっと乾いてはくれないでしょう」
「そ、そうか、いつも遠くまですまんのう、おばあさん」
「いえいえ。おじいさんこそ、いつも力仕事ばかりでたいへんでしょう。ありがとうございます」
「なに、わしはそれくらいしかできんからのう。・・・そうじゃ。ならばおばあさんや、今日は洗濯をやめにしてはどうかのう」
「お洗濯をやめるのですか?」
「そうじゃ。きっと一日くらい洗濯をせずとも、わしらはつつましやかに暮らしてゆけるはずじゃ」
「ですがねぇ、おじいさん。例の服は今日洗いませんと間にあわないと思いますよ。あした村の後藤さんと佐々木さんとお会いになるんでしたよね?」
「そ、それはたしかに・・・そうかもしれんのう。せっかくの機会じゃ。あの服を着ていかねばならんのじゃが・・・」
「まったく困りものですねぇ、おじいさん。もしおじいさんが動けたのなら、わたしが川へ洗濯に行っているあいだに、おじいさんは近くの山へ薪を取りに行っていただきたいと思っていたのですが・・・」
「・・・そうじゃのう。それならわしが代わりに洗濯に行くというのはどうじゃ?」
「なにをおっしゃいますか、おじいさん。冷たい水でお体にさわるようなことがあったらどうするんですか。それにさきほども言いましたけども、川はうんと遠いのですよ」
「そうじゃったのう、すまん」
「どうですか、おじいさん。少し外へ出るくらいなら大丈夫じゃありませんか?」
「・・・い、いや、たしかにそのくらいなら大丈夫かもしれぬが・・・」
「お体がごしんぱいですか?困りましたねぇ、孫の喜助がおじいさんと遊ぶのを楽しみにしておりましたのに、このようすでは相手役がつとまるかどうかさえ・・・」
「な、なにをいうかおばあさんや。わしだってまだ山に入って芝刈りをする気力と体力くらいは残っておるわい。喜助の世話だってなに不自由なくしてあげることだって」
「あら、さようでございますか。ならば今からどのくらい薪を取ってこられたかで判断させていただきます。よろしゅうございますか?」
「ああ、ええじゃろう。やってやるわい」
「まぁ、たのもしいこと。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
「おう、それではいってくる」
「さてと」
コンコンッ
「すみませーん、サポートランドリーの者です」
というわけでみなさん。
僕の住む静岡県ではこんなサービスがあるそうです。
介護や子育てで忙しい方は、洗濯代行という選択肢も考えてみてもいいかもしれませんね。