謎が深まるわらび餅
土曜日の午後6時。
僕の家の近所では、この時間になると決まってわらび餅の移動販売車が現れる。
わ~らび~~もち
わらび~~もち
冷たく冷やしたわらびもち~~
活字にして気付いたが「冷たく冷やした」ってちょっと意味が分からない。
これって頭痛が痛いとか犯罪を犯すとかそういう重言なんじゃないの?
まぁ、それはさておき。
本当に毎週毎週懲りずにやって来るのだ。
これまで3年近く欠かすことなく毎週来ている。
引きこもりがちな僕が言うんだから間違いない。
冬になったらわらび餅から石焼き芋にジョブチェンジこそすれ、土曜午後6時という時間帯は保ちながらやって来る。
こんな僕でも、近所に回りだした当初の頃は「ちょっと物は試しとて買ってみようかな」なんて思うこともあった。結局買わなかったが。
だが毎週毎週、しかも決まった時間ともなればさすがに鬱陶しくなる。
しかも結構な大音量で通ってゆくので家の中で見ているテレビの音なんて聞こえたものではない。
だから最近はあの音が聞こえると「またか...」と思いつつそっと窓を閉じるようにしている。
窓を閉じてもおっさんの美声は時空を越えるので、正直あんまり意味はないけど。
そしてまぁ今日も土曜日であるから、例によって移動販売車はやって来たのだが、ここで僕には少し気になることがあった。
そう。それは、
これってちゃんと売れてんのか?
ということ。
なんでも放送内容によると、わらび餅はたっぷり200g入って500円とのこと。
量が多いし高けぇよ。
誰かに購入されれば儲けは出るのだろうが、少なくとも僕は買わない。
わらび餅に500円なんてもやし1袋に100円出すようなものだ。うちはそこまで裕福ではござらぬ。
ただ、僕は財布に亀甲縛りを施しているくらいガチガチのガードを固めている人間なので買うつもりは毛頭ないが、それこそ数年前には母親連れの子供たちが車に集ってわらび餅をせがむ光景も多少は見られたものだった。
しかしここ最近ではめっきりそうした様子もない。
以前も記したとおり僕の家は集合住宅街の一角にあるので、このあたりで売れなければ他でも売れないような気がするのだがどうなのだろう。
仮に1日20個売れたとして、売上は単純計算で500×20=10,000円。
包装紙だけでなくトラックのガソリン代もかかるし、石焼き芋を保温しておくための石窯も必要なのであんまり利益率高くないんじゃないのかな。
まぁ、石焼き芋の移動販売を生業としている知り合いがいないので実際のところは分からないが。
どうにも気になった僕は、今日は家の小窓からこっそりわらび餅の移動販売車を見てやろうと思い至り、その到着を待つことにした。
そして約束された午後の6時。
わ~らび~~もち
ヤツは今日も現れた。
相変わらずおっさんの美声で同じことを大音量スピーカーに乗せて歌っている。
そういえば昔は
早く~~しないと~~行っちゃ~うよ~~
急ぎ~~過ぎても~~こ~けちゃうよ~~
なんてユーモアの効いたセリフも混じっていたが、ここ数年は聞いた覚えがない。
たまには
最近誰も買ってくれないせいで経営危機に陥っているわらび餅~(字余り)
などと流してくれれば、こちらとて購入を検討しようと思うかもしれないが。
とまぁそんなことを考えているうちに耳に入る音は大きくなり、ついに暖簾を設えた軽トラックが家の前の道にやってきた。
わ~らび~~もち
相変わらずの爆音。
いっそゴリゴリのROCKでも流してくれよ。
3つくらい買ってあげた後で警察呼んであげるからさ。
そうして通り過ぎてゆく軽トラックを目で追いつつ、ふと何の気なしに運転手の顔を見てみると。
「こっわっっ!!」
もう見た瞬間スッと身を屈めたよね。
マジでゴリゴリのイカついヤンキー。
グラサンかけたくまだまさしとクロちゃんを足して2で割り切れなかった感じの見た目。どんな見た目だよ。
でも絶対背中にタトゥー入ってるって。元嫁の名前とか書いてありそう。
いや、ここまで来るとなんであの人がわらび餅の移動販売員になったのか、その経緯を知りたいレベル。
ひょっとするとかなり良質なドキュメンタリー番組が一本作れるのではないだろうか。
はたまた、もしかしてギャップ萌えを狙っているのか。
たしかに合コンとかで、
「自分、わらび餅の移動販売やってるッス」
とか言ったら女の子たちから
「えーーーっ、その見た目でーーー!?!?超ウケるんですけどぉーーー」
なんて言われて興味は持ってもらえそう。
だがそのためにわらび餅の訪問販売...はやらない。
うむ、やはり謎は深まるばかり。
それから、もう1つ気が付いたのは、その移動の速度。
通りに誰も人が居なかったときにはすげぇスピードで去ってゆく。
ともすればドップラー効果を体感できるくらいの速さ。
今日は軽トラック独特のばいーーんって音で僕の家の前をサーッと去ってゆきました。
というわけで。
また来週もお待ち...いや、もう当分来なくていいですわ。