お金がほしい

お金がほしい

先に謝っておきます。ごめんなさい。

親戚「大きくなったねぇ」僕「チッ」

まだ僕が幼かった頃、夏休みやお正月には決まって親戚の家へ遊びに行っていた。
その親戚は普段遠くに住んでいるためなかなか会う機会がなく、法事などを除いて結局長期休暇を利用して訪問するケースが一番多かった。

いつも会えない人たちと会えるということ。その人たちとの触れ合い、その人たちの住んでいる家に寝泊りする高揚感。

そして何よりも大勢の親戚が一堂に会する賑やかさが僕はとても好きだった。

だから長期休暇になるのがいつもいつも、本当に待ち遠しかったのだ。


だがしかし。
ただ1つ、たった1つだけどうしても気に入らないことがあった。

別に大した問題ではないのだ。さらっと受け流せばそれで終わる。
遠足の前の校長先生のお話のような、一種の通過儀礼とでも思っていればこの程度を堪えることなんて造作もない。

でもなぜかイヤだった。自分でもどうしてなのか分からない。
だけど本当にイヤだった。その言葉を聞いただけで体全体に悪寒が生じた。


そう、それは・・・

親戚のおばさん「おやぁ、いつの間にか大きくなったねぇ」

この流れであるっ!!デデンッ!


何がイヤなのか、未だによく分からないのだが、もしかすると負けを認めざるを得ないからなのかもしれない。

当然僕には2歳、3歳の頃の記憶なんてほとんど残っちゃいない。

その当時どんな子供だったのか、すぐに泣いて親に迷惑をかけるような子供だったのか、あるいは気が付くとすぐに寝てしまうような子供だったのか、そんなことは憶えていないから、親が自分に話してくれるストーリーを鵜呑みにするほか無いのだ。

つまり僕が当時どんな失態をしたのか、どんな笑い話を生み出したのか、それは自分を育ててくれた大人のみが知る領域だ。
だから親には一生勝てない。背中を追うことはできるが、追い抜くことは一生不可能。

そういう訳で親はもう仕方ないと思うようにしている。
たまに自分が赤ちゃんだった頃の話をはじめて笑ったり思い出に浸ったりしているが、それについてとやかく言うつもりはもう無い。


だが見知らぬおばさんよ、てめぇは許さん。というか許したくない。

「あら、こんなに大きくなっちゃってぇ~!」

当たり前だ。
赤ちゃんのときから1ミリも成長しないなんてまずあり得ない。

「あなたが赤ちゃんの頃ね、おばさん一度抱っこさせてもらったことあるのよぉ~! まぁ憶えてないでしょうけどね」

当たり前だ。憶えているわけがない。

というか憶えていないって分かってるなら何の意味があってそんなこと言うの?アレか?私はあなたのこと知っているのよアピールか?


・・・そう、お恥ずかしながら僕はこのように思ってしまうのだ。
これは小学校のときからのことなのでもう治らない。不治の病。

でもとにかくイヤなのだ。

とはいえ別に見知らぬ親戚のおばさんに勝ちたいとかそういうことを言っているのではない。へこへこ愛想笑いをしていればお年玉をくれたりお菓子をくれたりと僕に良くしてくれたし、端から年上の方と張り合えるなんて思っていない。

それに、もしかしたら幼い日の僕のリーサル・ウェポンも見られているかもしれない。そんな相手に勝ち目など皆無。僕の負けです。ごめんなさい。

だからさ、もうそっとしておいてほしい。
男なら声も変わるし髭も生えるし口数も当然減る。

あなたは僕と会うのが数回目かもしれないが、僕にとってあなたは初対面です。はじめましてです。
名刺交換もしていないのに僕の名前を軽々しくあだ名で呼ばないでほしい。本当に怖い。

僕が決して手の届かないようなところで僕の話をしないでほしい。それで僕のことを知ったような口を利かないでほしい。

よろしくお願いします。



・・・とついこの間まで思っていた。そう思ってやまなかった。

だが先日、ゴールデンウィークの時だったか、親戚の子供に数年ぶりに会う機会があった。

その子は女の子で、年頃も年頃。一応僕も男であるから、やっぱり久しぶりに顔を合わせたときには若干の気まずさのようなものがある。

とはいえそんな時には大人がリードするのが鉄則。相手と打ち解けるには至らないまでも、せめて警戒心を解くぐらいの会話を推し進める必要がある。


だから僕は手始めに、まず挨拶がてらに嬉々としてこう言った。
それはもう、まったくの無自覚であった。

「おっ、久しぶり!大きくなったねぇ!」

その瞬間ハッとした。ハッとして! Goodという感じだった。
ふ、古い・・・

それはいいとして、自分がこんなにも忌避していた言葉をサラッと他人に言ってしまったことに我ながらものすごく失望した。

そしてこれはひょっとして逃れられない運命なのではないかと恐ろしくなった。
いつの間にか人生を積んでいく中でサブリミナル効果のごとく遺伝子に刷り込まれていて、条件反射的に「大きくなったね」と言ってしまう定めなのではないのかと思って戦慄した。


だが「逃れられない運命」とかいうキラーワードが出てきちゃうと僕の厨二心が黙っちゃいない。
社会に抗いたくなるのが若者の定め。そういうお年頃。

それに最近では遺伝子組み換え大豆とか割と普通に流通しているし、その流れも断ち切るくらいのことは何とかなるんじゃないかと勝手に思っている。


とはいえ上位互換が存在するに越したことはないので、もし誰か「大きくなったね」に続く次世代の文言を思いついた方がいたらご一報をいただきたい。

んでもってこっそり特許をとって一儲けしたい。お金がほしい。そういうお年頃。

こういう落とし所。